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第 三 章  *  1 / 6  

< 卒業まで続いた、王族との、無益な戦い >



< 又しても見学、見学、見学だ! >


本題の前に、書かねばならぬ事。

二年次、解剖実習での戦いは教授会の話題になったそうで、その余波。
少なからず有った。

あの時の最初。 当時学生相談室長であられた、(今の歯学部長の)
中嶌教授に呼ばれ、ワシ、経緯(いきさつ)を述べた。

教授は、女の子にも参考までに来てもらい、同じく事情を聞かれた。


問題は、医療倫理の教授であった。 問題を起こしたワシを、激しく
叱責した。 教授いわく、女の子が一人でしたいなら、させれば良いじゃ
ないか!

良(い)い年こいて、自分のむすめ程の女の子と、喧嘩するんじゃ無い!


見っとも無いと思わんか? と教授は言うのだった。 ワシ反論して言った。
教授、お言葉ですがね。 中嶌教授にそれを言われたのなら、まだ聞ける。

しかし先生にそれを言われる筋合い。 まったく有りまっせん!


ここの所。 裏の事情を知らぬ読者。 説明がないと、理解、し難いと思う。
そこには、こんな事情が、秘められていたんじゃ。


 *     *     *


この医療倫理学の教授、筋骨たくましき大男だ。 胸板は厚く、腹少し出とる
が、固太り。 なにより空手の達人。 ある日の教授室だったぜ。

ワシが行くとだ。 空手着で仕事しとる。 おうっ! と返事してワシ
の前に座った。 拳だこ、わざと見える様に、チラつかせながら。

教授のオハコ。 ボクは君を一撃で殺すことが出来る。


それがどうしたってんだ? ワシ人生で二回。 面と向かって、このセリフ言わ
れた。 ワシ、つらつら思うに。 空手、人格形成には、マイナスかも?

ある空手の先生。 ワシに言うのよ。 真剣勝負ならボクは大山倍達に、勝つ!
なぜか、と言うとね。 ボク、命を捨てて戦うからだ。


この主張は、駄目だね。 大山師の本を見る。 戦争直後にアメリカへ武者修行
の旅。 リングであちらのプロレスラーと対戦。 戦後すぐだぜ。

観客、殺気立ってジャップを殺せの大合唱だ。 大山師、ヘマしたが最後、本当
に殺された。 こりゃ、お仕舞いかな? 生きた心地、しなかったそうな。


と言う修羅場をく ぐ り抜けて、極真館空手を設立された。

ワシに、これを言うた先生、当時六十四歳。 空手は五十歳から始めたんで、腕
前は、知れておる。 お金持ちだったんで、寄付をする。 それで七段。
実力、初段かな?

驚いたのは次の年だ。 四十二歳の一人息子。 交通事故で死んじゃった。 先
生ガックリ。 人間、あれ程しおれ、られるものかと、ワシ、心底驚いた。

その数年後に、先生はまるで消えるように、息子の後を追って行った。


良い例かどうか、解からんが、この先生と言い、医療倫理の教授と言い。
空手、人格にマイナスと違うか? ワシの学校時代は、剣道だった。

剣道で思い上がった事、言う人、見たこと無い。 剣道、勝負が出来る。
空手、真剣勝負、出来ない。 相手、死んじゃう。 そこで張ったりが利く。


関連して面白いのは、世襲制だ。 本当の意味で勝負の付かん物だけに、
世襲制が可能。

生け花、お茶、歌舞伎、仕舞い、などなど。 有るレベルに達すれば、どっちが
上手いか? なんて。 意味を失う。 そこで世襲が、可能になる。


 *     *     *


さて、医療倫理の教授だった。

ここは歯学部だ。 歯学部は理科系の筈だ。 なのに、この教授の配下。 勢力
の温存の為? 文科系の授業が、やたらと多い。

よって、故山本歯学部長。 少し減らして来れと哲学に頼んだのだ。 哲学は、
何と返事したか?


授業は減らさない! すべてが絶対に必要な課目だ! 同時に哲学。 怒鳴る、
わめく、脅迫する。 こぶしを山本歯学部長の顔面に示し。

殺そうと思えば、お前なんか、一撃で殺せるんだぞっ! 大声を出されたそうで
すね。 そんな先生が、ですよ。 女の子がしたいと言えば、させてやれば良い


じゃ無いか。 あっちへ行けと言われれば、行ってれば、良いじゃないか。 な
んて。 よく言えたもんですよ!


人に、無抵抗主義を、強要するなら。 少なくとも、ご自分も無抵抗主義を、実
行して欲しいな! 


ご自身は、我を通さんとて。 どなる、わめく、拳(こぶし)を顔に突き付けて、
お前なんか、何時でも殺せるんだぞ! なんて、そりゃあ、

医療倫理・哲学の教授の、言うセリフじゃ、ゴザンせんよ! 


ご自分の利権を、一ミリたりと、譲らなかった。 そんな人がですよ。 ワシに
譲れ言うの、チト聞こえませんなあ。

先生。 あなたは、おっしゃる事と、してる事。 少しズレてんじゃあ、ござん
せんか? 


てな事、言うんだから、大変ですわ。 ワシ、命知らずかも。

山本歯学部長は、カリキュラムの大変革をした。 文科系の授業。 バッサリと
切られ。 理科系、大幅に増やされた。


山本歯学部長。 医療倫理の教授にも、管轄範囲の縮小を、求められたが、
記した如く、抵抗され、元のままだ。

ワシ、山本先生に言ったのよ。 医療倫理の教授、歯学部長より強いみたい
ですなあ。 先生笑われて、世の中、色々だからな。 ハハハッ! だとよ。


ちなみに、その頃の、医療倫理の王国。 人間関係論。行動科学。倫理学に。
教授ご自身の哲学と、一杯あった。 

彼は、これを死守した。 歯学部長に、減らしてくれ。 言われて、減らし
たんなら、ワシに、女の子。 一人でしたい言うの、させて上げたら?

言う資格、有るかも知れぬ。 ご自身は脅迫まがいの態度。 大声出して、一歩
も引かなかったんだから、ワシに反対の行動。 求めんなよ!


歯内療法学、故西川教授。 ワシにぼやいていわく。 あんな先生、もう嫌だ。
わめく、どなる、もう大変。 あれで良く、哲学教授だよ。

つまりワシも、先生と同じ事。 しただけや、おまへんか? 違いまっか?



この続きは、(裏本)五十歳、歯学部へ行くに、書く。 上の文章はね。 削除
しろと、みんなに再三、言われた。 医療倫理の教授。 退職後、重い病気じゃ

しね。 余命、幾許(いくばく)の身なんだ。 教授に、この箇所の通知も、
まだだしね。 でも反論が来れば、掲載する。 あらかじめ、予告する。


わが身を守る為に、上の文を削除したんでは、のちのちの寝覚めが良くない。
と判断し。 敢えて掲載した。 医療倫理の教授も何だが、

かく言うワシも、手相、長生しそうもない。 長くも無い身。 守っても、仕方が
有んめえ(仕方無いだろう)。



< では、本題へ。 意味の無い戦いへ。 >


二年次、ワシの起こした戦争。 教授会の話題にされた事。 既に書いた。
次の年、進級して見ると、学生番号の順序が、変わってた。 大学、気を

利かして来れたんだ。 お陰で、A子らと離れ。 彼女らとの問題から、少し
だけ解除されたんだが、金太郎飴と同じでね。 A子が消えるとB子がA子に成る。

B子が居なくなれば、C子がA子になるで。 戦いは卒業まで、止む事が無かった。


 *     *     *


三年次は、或る意味。 歯学部の花だ。 生理学、生化学、微生物学、病理学、
材料学と。 臨床の基礎が、目白押し。 この内、微生の免疫と、材料の金属が、
難解とされる。

ワシ鉄工所出身なもんで、金属はお手の物。 問題は免疫だった。 判らなくて
ビビッたね。 判らん時は、クジラのグッと飲み。 丸暗記に限る。


一年遅れで、何とか解かった。 テスト、終わってから理解する。 それに
しても、落第生の多いのが、この学年だ。 それこそバラバラと落ちて来る。

知らない顔が、あちこちに有った。

そんな中、材料学実習。 ワシ強権を発動して、組のメンバー、平等に作業
させた。 なのに若い学生、大した評価、して呉れなかった。 これは書いた。


生化学の実習では、別のA子と当りそうだったので、事前に教授室へ行き、
当時の加藤節子教授に、大声を出す可能性。 了解を取りに行った。

いわゆる節子はん。 それは困る。 何とかするから、大声は出さないで、もら
いたい。 てんで、組変えが、されていた。 椅子の順番が奇怪なんよ。

これはA子とワシを、離すため。


次の生理学実習も、またまた別のA子だ。 同じく大声の申告。 またぞろ
組変えだ。

こんなん学生に知られたら、えらい事だっせ。 ボクもわたしも、変えて呉れ!
言いまんがな。 ワシ、かなり、アンフェアーだった。 人のことは言えんよ。


お陰で実習は、何事も起こらずに終われた。 ワシ、前年の解剖実習の経験で、
誰が王族で、誰がA子か、あらかた掴(つか)んでたから、災いを防げた。

生化学で組んだ学生(男)なんて、幅を利かすことも無く、作業は平等だった。
彼、タバコで席を外しても、ワシの実習作業。 半分までしか、しない。

後は君の分担である。 彼、タバコから 帰って来るだろ。 作業が半分、残っ
てる。


あれえ、何でして呉れないんですか? もう終わってると思ってたのに。
馬鹿言え。 ワシ、半分以上は、絶対にせん!

自分の割り当て以外、絶対にせん! と、やや大声で言うたのは、A子らに
聞かせんが為だ。 だけどあいつ等、イヤミとしか、受け取らんだろうな。

効果、まったく無し。 だもんなあ。


微生物学の実習、又もや変則の割り振り。 ワシ、大学にお礼せにゃならん。
この頃に成ると、申告しなくとも自動的に、A子とは別の組。

こりゃあ、教授会で情報交換、されとるなあ。 お陰でトラブルは起こらんが、
ネンネみたいな気分。 兆して(きざして)来るやないか?


この大学の半分の学生、潜在的に王族だ。 と言う説は、前に書いた。
四人一組では不可避的に、王族が這入ってしまう。

だけど、このレベルの王族。 ワシが強く言うと、止めてくれる。
  君、一人でしてんじゃ無いよ! と叱っておいて、みんなで作業分担。

こんな具合に、止めてくれる子は良いのだ。 真の王族。 止めてくれない。
悲鳴上げて、抵抗する。 誰にも、絶対に触らせ無い。 お一人様で実習だ。


 *     *     *


三年次は良かった。 四年次は、遂に負けた。
春一番の、薬理学実習だった。 八人一組だ。 王族の参入、防げない。

A子が居た。 こりゃ見学かな? 待てよ、待てよ。 戦略を考えろ。 ワシ
B君に白羽の矢を、立てた。 彼、親分肌。 彼なら何とか、して呉れるかも。


B君に話して、ワシが背中を、ドンと押す。 その時に君。 A子に言って呉れたまえ。
ウサギの解剖は、みんなでやろう! 分担して、やろう! って。

B君、あんま乗り気で無い。 困ったような顔した、弱い態度だった。


実習の日が来た。 ウサギの首を開くのだ。 頭部へ行く動脈を、出すのだ。
その動脈に、薬物を投与して、ウサギの心拍数の変化を、記録する。

まずは、ウサギの首の部分を剖出し、頸( く び)の動脈を示さねばならぬ。
すると案の定だ。 A子、一人だけでウサギをつかみ、台に固定した。 誰にも
触らせない魂胆だな。


今だ! この時だ! この瞬間だ! ワシはB君の背中を、ドンと突いたのだ。
B君、突かれて一歩、前へ出た。 でも、それでお仕舞い。 何も言わぬ。

チャンス、だったのに。 あかんなあ! あの瞬間を逃しては、勝機は無いぞ。
ワシ、がっくりだった。


こんなわけで、我が組は、A子の一人舞台。 残り七人、下働き。 又はご見学。
ワシ、半日、ご見学。 あほらしゅうて、あほらしゅうて、大学へ捻じ込んで、

実習費、返せ! 言うたろか? それとも解剖学みたい。 一戦、やったろか?
八年経つ今でも、思い出すと、胸糞が悪いんじゃ!


この時の実習室、一メートル掛ける五メートルの長い黒い作業机が、三列あった。
この長い机に、学生が八名だ。 実習室には学生が二十四名。 先生は一人だ。

この先生。 何を見てたんじゃ? このていたらく。 一言(ひとこと)有って
もよかったろうに! 我らの机は、真ん中だった。 右と左の組、ちゃんと分担
して作業してた。


特に窓際の組は、カリフォルニアの組だ。 八名が順に五分ずつ。 作業しては
交代。 作業しては、交代。 人体解剖の時も、カリフォルニアの組。 分担協

力して、仕事を進めてた。


その反対側の組は、モミケンの組だ。 ここも分担して、順々に作業しとるやな
いか! ワシらの組だけ、女の子一人。 誰にも触らせ無い。

異様な光景じゃった!


ワシ、いやみたっぷりに言うたのよ。 君らの組は、良いなあ。 これが普通だ
よ。 常識だよ。 我々の組が異常なんだ。

A子一人、悦に入ってウサギをいじっておる。 それを眺めていると、無性に腹
が立つ。 ワシはA子に背を向けて、カリフォルニアの組ばかり、見ていた。

退屈だ。 する事が無い。 丸椅子に座っての貧乏ゆすりも、飽き飽きした。


ウサギの解剖は、この日だけだ。 この日だけ、なんだから我慢しよう。 人体
解剖は、三ヶ月だ。 気の遠くなる長さだ。

それにしても、半日が、こんなに永いなんて、知らなかった。


ワシは、つくづくと嫌気が差した。 担当の先生。 何で替われと、言ってくれ
ないんだ?

ワシ、その日のレポートで、この担当の教師の見識の無さ。 糞味噌に書いてや
った。 それで、ようやく、溜飲を下げた。

実に、実に、実に馬鹿馬鹿しい一日だった。 我が歯学部は、ネンネの国になり
ましたよ! 皆様方!


 *     *     *


悪い事は、立て続けに来るもんじゃ。
次の週は何と、同じA子とネズミの実習だった。 ウサギは一匹でもネズミは沢
山だ。

ワシ、まだ先週の嫌気が残ってたんで、丸椅子に座り、何もせず、ボーッと見て
いた。 するとだ。 このA子、大きな声で、憎憎しげに言うのよ。


仕事せん奴が居る! 仕事せん奴が居る! 仕事せん奴が居る! ってね。


これを、三十回言うんだな。 あほか? とワシ、思ったね。 ウサギの実習
では誰にも、指一本、触らせなかったのに、ネズミは多いから手伝え、言うの
か?

勝手も良い加減に、しろ! ワシ、横向いて、放っといた。


この部屋の担当、開業医の博士号取り。 怪訝(けげん)そうな顔で、しかし
何も言わなかった。 この先生、人間が出来てる。 メール下さい。 お礼し
ます。

ワシが無反応なんで、A子、やがて静かになり、そのまま実習は、終わった。
ワシが強引に、終わらせたんじゃよ。 クソッタレメ!


大学ではね。 ワシが我慢し切れずに、どれかのA子をぶん殴って、退学になると
賭(かけ)てた先生が居たそうな。

実はワシ、その情報を耳にして、自重したんだ。 たとえば占いだ。 あなたは
事故に会う。 と言うと、事故に会わない。 そいつを事故に会わせてやろう。

とするなら、その占いが出ても、黙って何も言わない。 そうすれば事故に会う。
ちと、嫌らしいがね。


< あのウサギ実習のB君、歯周病学実習で、王族の真似をした >


歯周病学の実習は、四年次の後半だ。 三人で一組。 男ばかりの組だった。
こりゃシメタ、ウサギの実習のB君と、その仲間のC君。 久しぶり、のんびりと

実習が出来そうだ。 B君は、ワシが親分肌と見込んだ良い男。 C君はスポーツ
マンタイプ。 陽気なナイスガイだった。 と、油断したのが、いけなかった。


その日は豚顎(トンガク。ブタの下顎)。 これを用いて、歯周病の演習をする。
最初に豚顎配る、A先生。 陽気者でね。 エー、本日の晩メシのオカズです。

本日の晩飯のオカズですよ! 美味しいよ! はいッ、あなたにも一つ。
なにんて言いながら、配って歩いた。


歯周病とは字の如く、歯の周りが問題を生じた状態。 スケーラーと申す器具で、
汚れを掻き取る。 人間様相手は、先生も患者も、やらせて、くんないから。

まずは、ブタの下顎で、練習をする。


ウサギの実習ではA子に、してやられた。 しかし今回は、B君とC君。
王族では無いと、気を許していたら、これが、大ヘマのヘマ太郎。
B君、豚顎を占領して、一人で実習しとる。 なんじゃい、こいつは!

これだから今の若い奴は、嫌なんじゃ。 金太郎飴と同じだ。 切っても切っ
ても、金太郎だ。 B君、ワシが見込んでA子の一人舞台、止めさせようとした

その人ではないか! 彼がワシの作戦に、当惑した筈だ。 こいつも王族
だったんだよ! まったくの、ニャロメだったのだ!


ワシ、ホゾを噛んだね。 頭に血が昇った。 あわや喧嘩か? と思う所、
案外、そうでも無い。 その理由。 実習の要所要所。 おいっ!そこワシ
にも、やらせろ! と言うと彼。 素直にハイッ、言うて、ワシに席譲る。

触れてみて、感触を確かめると、ありがと言うて、ワシ、後ろへ下がる。
B君、再び実習を独り占め。 全体A君が、90パーセント。 ワシと
もう一人の男の子。 5パーセントづつ。 


確かにB君が大部分なれど、ワシに不満は無かった。 むしろ満足した。
可笑しなもんだよ。 ここぞと言う処、全てに触れた。 これで良いんだよ。
A子も、こんな具合なら、良かったのに。

さて実習の最後、歯肉を縫い合わせる。 いわゆる縫合(ほうごう)だ。
若い女の先生が来て、指導してくれた。 B君、一人で縫合。
先生、注意した。


あなた見てると、さっきからズーッと一人でしてるわねえ。 もうそろそろ次の
人に、替わりなさい。 替わりなさい。 替わりなさい。 替わりなさい。

B君、替わらろうとしない。
先生ついに、ものすごい大声出した。









あたし、替わりなさいって、
       言ってるでしょ





B君、丸椅子から、ころげ落ちて、尻餅をついた。

次の男の子、マットレス縫合。 ワシ、懸垂(けんすい)縫合。 ローテー
ション方式。 ワシは六年間。 学生に、自主的自立的に、このやり方をしよ

うと、言い続けて、遂に実現しなかった方式。 若い素敵な先生の強権で、
やっと実現した。


 *       *       *


明海大歯学部の先生方。 皆さんはこの若い女の先生の見識に、劣りまっせ。
研究者として、世界的かどうか、ワシには判らんが、

教育の現場に立てば、教える立場での、見識と言うものが必要だろう。
ネンネの我がままを見て、何で注意を、与えないんだ!

ワシは言いたい。 もう少し、見識を持て! 恥を知れ!


 *       *       *


卒業まで、残り一年半になった。 五年次の、夏休み明(あけ)。 病院での
臨床実習が始まった。

ここでもワシは、王族の一人舞台に、苦しんだ。 つくづくと嫌気が差す。
十人一組の臨床実習。 王族が、三人も居た。


残り七人、分担して、協力的。 何も言わなくても、交代してアシスト。
だったら、そこだけでも楽しい記憶に、支配されるか? と思いきや、駄目
なんだな。

悪い場面、ばかりが甦える(よみがえる)。 人間とは、そう言う者らしい。
書くのは、これが最後だ。 もろ肌脱いで、ドギドギしく語ろうか? と思う。



< 相手次第で、態度を、変えるな! >


五年次の夏休みで、座学は終わる。 大学で違うらしいが、
ウチの大学。 夏休み明けに登院試験。 成績順に一番からビリまで、

壁に張り出される。 かなりのショック。 これを頭から十人づつの組にして。
半年間。 その組で、臨床を廻る。


半年後。 五年次の終了時点。 再試験。 これを(順位の)入れ替え戦と称す。
又もや、トップからビリまで壁に張り出し、これまた同じく、頭から十人の組。

六年次の、八月十日まで行って。 十日間の夏休み。 二十日には、総合講義が
開始される。


最終学年は、かくのごとく、夏休み無し! 休息なし。 しかも、ここまで
六年時は四月から。 国試(国家試験)の模擬が、毎週の土曜日に。 一日

掛けて実施される。 全体三十三回。 これ山本歯学部長の発案。 学生、大迷
惑。 へとへとになって年が明ければ、卒試(卒業試験)が、四回だ。


テスト、テスト、テストの日々。 その先に、やっとこさ国家試験だ。
よってこの一年。 明海大歯学部、最後の体力勝負。 生き残り戦と称す。

まったくもう。 テストにはベッタリ、飽いたよ。


 *       *       *


ウチの大学病院へ来れば、判る。 診療室に、デンタルチェアーが並んでおる。
座ってる先生の頭数(あたまかず)に対し。 衛生士、極端に少ない。

これは大学。 学生を(こき)使う魂胆な、わけよ。 衛生士の方(若いのから、
年配(ババー)まで居られるんで、女の子とは書けない)は言う。

学生さんが居ないと、仕事に成りません!
学生、給料どころじゃ無い。 学費を払ってだよ。 仕事までしてくれる!

歯学部の経営者。 顔がほころぶ筈だ! 嬉し泣き! の毎日。



面白いのは大学病院。 その辺の開業医みたい。 資格の無い。 いわゆる歯科
助手は、居らんのね。 みなさん有資格の、衛生士。

大学が募集すると、若いの、ドバァーッと来る。 ワシ理由、聞いた事、有る。
ステキな先生に、声掛けてもらおうとして? 良縁の為?


彼女ら、大笑い。 良いですねえ、若いって。 羨ましい。 大学の先生
嫁さん、衛生士ってーのが、多いんよ。 一緒に仕事してると、気心知れて、
結局、くっ付いちゃうんです。


 *       *       *


我が明海大学歯学部、付属病院。 歯科衛生士の、絶対に避くべき事。
根を張らぬ事。 根を張ってはいかんぞなもし!

良い相手、サッと見つけて、早め、早めに専業主婦に成るのが、鉄則です!


主婦になって、子育て済んで、また病院へ来る。 そんな衛生士。 大歓迎です。
仕事も人生も、ベテラン。 歯科医師に成って治療すると、アシストがこの手

の方ですと、二倍は、はかどります。 反対に、まずい例。


ある専科でした。 年配の衛生士。 これ位のベテランに成ると、先生も
一目、置く。 この方、ワシに、写真を一枚、見せて下さった。


おう、ステキだ! 病院創立時の制服。 仲間と一緒に芝生の上。 こんなに
ステキだったのに、五十四歳、まだ独身。 深くは聞かない、彼女の歴史。

若い衛生士諸君、根を張っちゃあ、おへんのよ! (駄目だよ)

サッサと片付きなさい!



< 君らは成績、優秀者ではないかっ! >


言葉で言って判らん人間は、犬やネコと同じだ。 テメーら、一人だけで、する
な! を、何回言えば判るんじゃ!

何回言っても、何回言っても、判らない。 君の番じゃあ、無いだろうっ!
最初に決めた順番どうりに、しろっ! 一人で、してんじゃ無いっ!


君らは成績、優秀者なんだぞ。 恥を知れ! と言うても、ケラケラ笑われて、
効果さっぱしだ。 この時の子。 解剖実習では、王族で無かった。

王族。 憎たらしいのが多かった中で、この子、子供みたい。
無邪気に独占する。


こんなのが居ると、先生のアシストの順番を決めても、何んにもならん。 あれ?
君、何をしとるんじゃ?

男の子、困った顔で、肩をすぼめた。 見ればA子が、アシストしとる。 何んで
彼女なんだ? 君の番だろう。


ボクが、しようとしたら、彼女が割り込んで来たんです。 何ぬう! おいっ、
A子! 君の番じゃないぜ、替われ! この野郎!

すると、この子。 替わるから、まだよろし。


この子、悪気、まったく無し。 無邪気な女の子。 これも困るな。
無邪気に一人でアシストする。 子供相手に、追いかけっこ、してる気分。

それにさ。 彼女のアシスト、奇怪なんだ。 治療が長引くだろ。 彼女、飽きる
のね。 突然、スーッと居なくなる。 おいおいおいおいっ! アシスト!

どうしたんだ? 離れちゃ駄目だろ!


近くの学生、あわてて代理のアシスト。 彼女はと言うと、後ろへ行って、仲間と
ひとしきり。 ワーワーキャーキャーの、大騒ぎ。

十分後。 気持ちが入れ替わった頃。 先生のそばへ戻り、アシストしてた
学生の前へ、スーッと身を入れるのだ。 


学生、目の前の二センチ、二十五歳の女の子だぜ。 白いうじな。 思わずオヘッ
と成って、一歩下がったらお仕舞いだ。 アシスト、彼女に交代。

ワシ、空いた口が、塞がらぬ。 諸君、これをどう思う? 
ハハハッだわな。

後ろから彼女のお尻。 君のあそこで、ドンしてやれば、面白かったのに。
患者が居なければ、考えても良いな。 あはは、ですよ。 ったく。


大人の本なら、これ、立派にファックの体形だぜ。 後背位、なんちゃって!



 *       *       *



ある日は、三人の王族。 おい、君がやれよ。 君が先にしろよ。 なんて、
やっておる。 ワシ、ぎょろっと睨んで、因縁(いんねん)付けた。

おい君ら。 可笑しやないか。 この組は十人やで。 君ら三人だけと、違うん
じゃ。 十人を考えて順番、決めな、あかんやないか。 すると一人が言った。


久治良さんて、文句ばかり言う人だな。

なぬう! それじゃあ、君らは、勝手気ままな王族か? 十人が平等にアシスト
するのが道理だろ。 君ら三人の為に、実習が有るんと、違うで!

こうなると喧嘩腰(けんかごし)だ。 だけど効果、まったく無し。
のれんに、腕押しだ。


結局、A子が一人でアシスト。 印象剤(アルジネート)を練るのも彼女一人。
なんでも、かんでも彼女一人。 全部、彼女一人。 この子はネンネだよ。

ワシ、遂に観念した。 ネンネと喧嘩しても始まらぬ。 黙って敗北宣言。


 *       *       *


臨床実習は、一年である。 雨の日もありゃあ、晴れた日も有る。 と言う
具合で。 A子の居ない日は、肩の荷が降りたように感じた。

するとだ。 一難去って又一難。 ある親分肌の女の子。 ワシに言うのだよ。

久治良さん、この道具を、片付けなさい。 それをここへ、並べなさい。


オイオイオイオイッ! ワシを尻に敷くなよ! ワシ、君の彼氏と違うぜ!
尻に敷くなら、彼氏を敷いてくれ!

彼女、ハハハハッと笑い。 そして、どう成ったか?


彼女、その瞬間から態度一変。 言葉使いまで、先程の彼女では無い。 これに
は魂消たね。 こんな女の子も居るんだよ。

ある学生に、この話をすると、彼いわく。 我ら二十九期じゃ、彼女が一番に
成るんじゃ、ないですか? ワシ、同感したね。 こんな子も居るんだよ。


その彼女の実習。 最初は必ずしも上手く無い。 だけど三回、同じこと
させると、才能がはっきりと、見えて来る。

ありゃあ上手くなる子だ。
我らも負けないように、がんばらな、あかん。



あれはクラウン.ブリッジの演習だった。 模造歯(プラスチックの歯)の
形成実習。 タービンで支台歯を削る。 最優秀は男の子だった。

しかしA太郎先生。 一本の形成歯を手に取り、つくずくと眺めた。 ボクねえ、
この歯に、才能、感じるんだなあ。 彼女の作品だった。


A太郎先生は、感じ易いタイプ。 は冗談だけど。 形成実習、王族も何も、
有ったもんじゃ無い。 実力の勝負。

言っちゃあ何んだが、こんな時。 A子は一体、どこに居るんじゃい?
出て来い! 返事しろ! と言う感じだった。


言っても言っても判らん奴が、大勢居た中で、こんな風に、一言で態度。
がらっと一変させる子も、居たのだ。 でなきゃあ日本。 堪らんぞな、もし。

諸君らが、歯で困った時は、必ず。 こんな先生を探して、行け!


 *       *       *


臨床実習のA子、可愛いから。 教授に大もてでね。 話してると爽やかで、いか
にも若々しい。 スタイルは良いし。 傍において、こんな便利な子も、
居ないだろ。 

ある専科の先生。 この子しか居ないみたいに、個人授業。 ワシら、遠巻きに
して、眺めてた。 後で言ってやったね。 もういっその事、あの先生の
秘書にでも成ったら? 可愛がられるぞお、とね。

勿論、いやみ、たっぷりにだが。


でも、ちょっと子供っぽいのが、玉に瑕(きず)。 ひょっとすると彼女。
結婚は遅いかも。 妹に先を、越されるかな? 

臨床実習は、やりたい放題だったが。 ネンネだから、大目に見なきゃ、あか
んと知りつつ。 一言(ひとこと)何か言わないと、やるせなかったのだ。


これでお仕舞い。 王族の話は、もう書かない。
こっちまでネンネに、成っちまうから。


 *        *       *


次段では、学生の色んな姿、なやみ、留年、退学。 留年は良いが、退学は
やだね。 お父さん歯医者だったりすると、いよいよ切ない。

解剖学、時岡教授の談話。 まだ有った。 では次段にて。




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