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第 七 章 * 3 / 5 

< 卒業試験の、極秘情報、だああ! >

山藤 武久先生の話題は
このずうっと下、
 五分の四にあります。




< 卒試の、極秘情報とは、何だ? >


ああ、思い出すだけで、懐かしい。 花の一分会の、卒試、極秘情報だった。

年末が押し迫り、街にはクリスマスソング、流れる頃。 我ら六年生、年明け
の卒業試験が、待っている。


卒業できるか? 留年か?


留年、多い年は三十名だ。 我らの年。 結局、二十名だった。 階段状の
講義室。 後ろ三列を、デスシートと、称す。

留年者の80%は、後ろ三列の、住人(じゅうにん)だ。 死ぬの、判ってい
るのに、あえて、座る学生。 味な連中が、多い。


卒業して、ライセンス取ったりすると、実力を発揮する連中だ。 だが、まず、
卒試が、有る。

一分会。 手分けして、各講座の教授を訪問。 卒試の極秘情報、仕入れて来
る。 それを、総合講義、終了のあと。 晩の五時から、流すのだ。


 *      *      *


講義室の外で、聞き耳立てる者、居ないか?  見張りまで用意して、ドキド
キ、ハラハラ。

スパイ映画もどき、雰囲気。 欠席者、一人も無し! 居眠り、無し! 学生
の目、ギラギラだ。 教壇に視線を、集中させた。


一分会の担当者、一人ずつ前に出て、秘密の情報。 我らに伝達の瞬間が、始
まる。 まず、演壇に立ったのは、ニッキーじゃあ、ないか!

みなさん! 約束して下さい! これから話す、卒試情報は、教授の首が、首
が、掛かっているのです!


この話、先輩にも後輩にも、絶対に漏らしては、いけません! その約束
の守れ無い人は、今すぐ、ここから、出て行ってくださいっ!

よろしいですね? 皆さん、よろしいですね?



講義室、異様な緊張だった。 ワシも興奮して、思わず手を、握り締めた。

あの、ビビーッとした空気。 本当に、なつかしい!


   *      *      *


では、わたしの担当を、話します。 問題は、五十問です。 唾液腺の問題
が、出ます。 その問題の答えは、耳下腺と顎下腺(がっかせん)が、正解

です。 つまり、AとEに、丸を付けて下さい!  心電図の問題は、三番
のCが、正解です!


こんな具合に、答えがAだ、Bだ、と、教えられる。 全学科がこの調子な
んで、ノートの分量、大変だ。

でも学生は、真剣だ。 こんな根気、今まで何処に、隠してたんだ?


必死でペンを走らす、サラサラ、と言う音。 答えは順に、BDECよ!
ECじゃなくて、CEと聞こえたわよ!

臨床問題は、略図が、付く。 一分会の、極秘情報の印こそ、押してなかっ
たが、しかるべきプリント、我らに、配布された。


正解が、矢印で、示してある。 問題の答えは、Bよ! 必ず、Bに丸を、
付けて下さい!  いいですねっ?

はいっ! 学生の返事。 小気味よい。  ワシも、この辺を、書いてる
と、胸が、ドキドキする。


気持が、一つに成るって言うのは、あんな場面を、言うのだな。


 *       *      *


あの講義室の熱気、今もって、忘られぬ。 学生が、あんなにも団結して、
心ひとつの世界。

六年間に、あんな場面。 あの瞬間、だけだった。 なつかしい、なつかし
い、なつかしい想ひ出。 中身、いささか問題。 無きにしも有らずだが、


あの気分。 宝石の様に、尊い(とうとい)。 思い出す毎(ごと)、目に
涙が、滲む。

若い学生たちの、最大級の熱気に、ワシも酔っていた。 身も心も、熱くな
った瞬間、だった。


書いてて、目頭が、熱くなる!


 *      *      *


< 国家試験。 ホテルは新橋、パシフィックホテルだ! >


何故かは、知らねども。 我が明海大。 国家試験の定宿は、一流のホテルだ。

何と言うホテルで、中は、どんな具合なのか? 一分会の連中に、何回聞いて
も、連中は、笑うだけ。

行けば、判りますよ。 予備知識を、与えようとしないのだ。 けしからん、
では、ないか?


受験は勿論、六年生。 手伝いとして、五年生の一分会。 付いて来る。

だから一分会の連中。 前年に、ホテル。 体験しとる訳だ。 だったら
予備知識。 知らない我らに教えるのが、筋だろう。

こう言うと、また、因縁、付けた。 と、言われる。


だけども、だ。 予備知識があれば、良かったのに! と言う場面。 結構
有ったのよ。

だから、ワシは、後学の為に。 その時の体験。 書いてみる。 これから
国家試験を、受験の諸君。 参考に、してくれいっ!


 *       *       *


そもそも、歯科医師の国家試験。 関東は、東京は港区。 白金台に在る、 明治学院大学が、会場だ。

明治学院大と聞いて、島崎藤村を、パッと思い浮かべる人。 学識が、有る。
赤穂浪士で有名な、高輪(たかなわ)泉岳寺の、すぐ近くだ。

明海大が、定宿にしとんのは、新橋駅の、近く。 パシフイックホテル、
なる、結構な、お宿(おやど)だ。


当然、一流で、がんす。 ワシ、身なりには(本当に)無頓着なもんで、普段
着で、行ったんよ。 赤っ恥掻いた。

バスが着くまで、どんな宿だか、名前さえ、教えては、くれない。 丸きり、
何の知識も、ねえんだよ。

まさか、こんな、正式なホテルとは、夢にも思わなんだ。 もんで(夢にも、
思わなかったから)、


ラフなシャツに、ジャンパーを着て、行ったのさ。 ホテルの玄関。 ドエラ
イ広さだ。

値の張りそうなシャンデリア、天井に、ちらつかせて。 田舎者の度肝、抜く
気だな!

見れば、青い目の他所(よそ)モン。 うろついて、おる。 あれで、格を上
げようって、魂胆か?


同行の女の子。 良いおべべ。 だけど男の子。 ラフな格好の、ワシでさえ
おい、おいっ!

と、言いたくなるよな、身なり、なんよ。 ジーパンのひざ、擦り切らせて、
ひざ小僧の、見えてるの、何人も居るんよ。


あれは、故意に破るそうだが。 そんな身なりでも、ホテルの、お仕着せ着た
社員。  ちゅうか(と言うか)、ホテルマン。

別に、咎める事も無く。 極く、普通に、眺めていたから、日本は、のん気な
国。 ざんすね。 アメリカなら、摘み出される。

ネクタイを、しとらんのが、こんな一流ホテルへ、平気で出入りする、なんて。
アメリカでは、考えられんのだ。


 *      *      *


< 情報の、伝え方。 もしくは、伝わり方。 日本人は、
               何時まで経っても、素人。 進歩せず >


歯科医師の国家試験で、東京へ行く。 その宿が、どこで? 何と言う名前で
どんな調子のホテル、なのか?

これ、秘密の情報? 知ってる連中は、トイレのふたの色まで、知ってるんよ。
だったら、なぜ、みんなに、紹介せんのだ?


この辺の、情報に対する感覚。 日本人は、完璧に遅れてる。 たとえばだ。
明日の、この授業。 先生の都合で、休講だ、と、しよう。

そんな、たわいも無い情報。 仲間内には、ちゃんと、言うのに。 横に座っ
ておる、同級生には、決して言わんのだ。


若い連中を、眺めておって、ワシ、本当に、こいつらは、馬鹿だ! アンフェ
アーな奴らだ! と、思わずには、いられない。

たとえばだ。 外務省のエリート、言うたら、一流大学を、良い成績で、お出
ましに、なられた、選良、でしょうが。


ある国の政治家の、個人情報を得た。 と、する。 その政治家が、我が日本
国に対し、失礼な言動をした。 と、する。

当然、反撃して、その発言に、反駁(はんばく)せにゃあ、ならん。 その時
相手の個人情報。 大いに、役に立つ。


ところが、日本では、この情報を、誰か、個人が、所有して、外務省としての
公的な情報に、しないのだ。

だから、その外務官が、転任すれば、その情報も、どっかへ、行ってしまう。
国家が、侮辱されても、相手を、ぎゃふんと言わせる情報。


一から、調べにゃ、いかん。 情報が、国家的なものに、ならない。 同じ
失敗。 何回でも、繰り返す。

一分会の感覚も、これと同じ。 彼等の、仲間内では、情報の授受が、あるん
よ。 だけど、外部の人間には、出て来ない。


 *      *      *


歯科医師の、治療上のコツ。 なんかも、同じだ。 ワシなんか、馬鹿らしい
から、絶対に教えない。

親切に、教えておると。 気の良い先生に、されちまう。


日本人の、この感覚。 上は、外務省のエリートから。 下は、我ら、歯学部
の、ミーハーまで。 非常に、良くない。

日本が、鎖国なら、それで良い。 海外の、違う文化の、国家と民族との、交
渉や、貿易が有るから、問題となるのだ。


諸君らは、深田祐介の本。 大東亜会議の、真実。 読んだ事、有るか?

その中で、戦時中に、南京政府を建てた、汪兆銘(おう ちょうめい)が、言
うて、おる。


日本人は、役職が、上の者と下の者。 言う事が、違っておる。 先任者と後
任者。 意思が、不統一だ。 あっちの課と、こっちの課。 足の引っ張り合
い。


これじゃあ、日本。 戦争に、勝てないよ!


 *      *      *


これは、日本が、一応、勝ってた頃の、発言だぜ。


それからね、浜田和幸の本。 イラク戦争、日本の分け前。 読んで、驚いた。
あの、9:11、だよ。 でかいビルが、二つも崩れた。

日本人の死者も、出たのよ。 猛烈なる粉塵の、中だ。 日本人は、外務省の
建物へ、行ったのよ。 外務省、中へ、入れて、くれない!

責任者が、外出だとお? 結局、遂に、中には、入れなかった。


あの、緊急時だぜ。 現地の外務省。 機能不全。 給料返せ! 何の為に、
そんな高給、取っておるんだ? 現地の日本人。

怒り、心頭だったそうな。 ワシ、本、読んで、初めて知った。 第二次大戦。
アメリカに、宣戦布告した、あの瞬間も。


ワシントンの日本の、外務省。 同僚の、転任の、送別会で、誰も居なかった。
しかも、交付予定の、宣戦布告の文書。 機密文書だから、タイピストには打

たせず、係官が、自分で打て! と、言う指示だけ、厳格に守るものだから。
プロなら十五分の文書。 二時間以上、掛かってしまい、


真珠湾の攻撃の、開始された後に、交付された。 機転が利かぬ。 と言うか
アホと言うか。 日本人の、何かが、世界で生きる常識から、外れておる。

しかも、この国家的な失態。 ワシントンの、当時の官員。 責任を問われた
者。 一人も、無し。 皆さん、戦後も順調に、出世して、退官しておる。


我が、明海大、二十九期。 一分会の行動様式。 ワシは、こんな具合に、
日本人の、原(げん)精神構造の、問題だな。 と、考えた。

だけど、こんな話を、彼らにしては、いかん。 ワシ、思うに。 こんな話
の出来るのは、京大の連中、だけかも?

または、京大的な感覚の者、だけだ。 歯科医師で、飲む会。 なんかでは、
歯科医師の世界の、気持ち良い話題だけ、ワシ、抜かして、おる。


ただし、この京大は、昔の京大、だがね。 今の京大は、東大卒の文部官僚
により、東大を頂点とした、富士の山。 に、されてしまい、

かっての様に、反骨精神に満ちた京都学派は、絶滅させられた模様。 これ
日本の為に、良い事だとは、思わんが、ねえ。


東大卒の、目の上の、たんこぶ。 残すのが、風流なんよ。 ぶっ潰したい
気持ちで、大切に保存する。

この精神を、失えば、日本人の、貴重な、何かが、同時に、失われるんよ。
気に喰わん連中だが、日本の為には、あいつらを、残さねば、ならん!

これを、雅量と、言う。


 *      *      *


< パシフイックホテルでの、発見 >


朝の、六時だった。 腹減ったんで、ワシ。 一階のラウンジへ行くと、テー
ブルは、赤毛の外人。 横文字の新聞、見ながら、コーヒーなんか、飲んでけ

つかる。

ワシは、ジャンパー姿。 ごま塩の髪。 櫛(くし)も、入れてない。 と言
うか、ワシ、くしは、持ってない。 いつも手で、なでつけて、お仕舞い。


持ってた新聞、産経スポーツだ。 こりゃあ、まずいかな? ちょっと、たじ
ろいだが。 立ってたホテルマン。 正式には、何て言うんだ?

どうぞ、こちらへ。 と、案内されたテーブル。 隣り、上品な、初老の背広
でね。 日経なんか、開げておるから、ワシ。 対抗上。

スポーツ新聞は、止めにして、尻に、敷く事に、した。 それにしても、だ。
全員、背広とネクタイだ。


こんなホテルと、知ってれば、馬子にも衣装。 一張羅。 出してくる。

だから、情報は、きちんと、出せ! 一分会! と、言うんだ。


 *      *      *


案内のボーイ。 ワシが、まさか、学生で、受験生だとは。 思いも、しない
から。 先生の積りで、それらしき席へ、案内、したんだろう。

ラウンジの向こうでは、若い学生どもが、さんざめきつつ、朝めしを、喰って
おる。


流石に、一流ホテルなんで、バイキング形式の朝食。 洋食メニュー。 味付
け、抜群だった。

バイキング形式とは、すなわち、喰い放題、ってえ事。 ワシ、やせの大食い
でええーす!


クロワッサン七個。 スクランブルエッグ。 ドンブリ鉢に一杯。 バターや
ら、ジャムやら、たっぷりと戴いて。

トマトジュース二杯。 コーヒーは、何杯飲んだやら? 記憶に無い。 その
他、並んでる惣菜。 大皿一杯、喰ったかなあ。


スクランブルエッグ。 恐ろしいほどに、美味(うめえ)んよ! 流石に、
パシフイックホテルは、一流、ざんす。

余りに美味しかったんで、お替り、何杯もしたのが、いけなかった。


試験会場で、腹が、減らんのよ。 昼飯に、幕の内が、出たんだが、食べるの
苦労した。

次の日は用心して、セーブしたけど。 出来れば、ポリ容器。 二三杯。 持
って、帰りたかった。 ワシ、田舎もん。 だかんね。


 *      *      *


テストは、二日掛かりである。 テストの前日に、ホテルイン。 だから、
二泊、するわけだ。

順序が、逆に、なってしまったが。 埼玉県坂戸市の大学。 昼過ぎに出て、
三台のバス。 ホテルに、五時ごろ、到着した。

シャワーなんか浴びてると、手伝いの五年生。 ドアを、ノックする。


晩飯の、折り詰め弁当の、配給だ。 次の日の晩飯も、同じく、折り詰め。
学生一人に、一室は、豪勢だが。 部屋に篭(こも)って、

ちんまりと、参考書など、眺めつつ、配給の折り詰めを、つついてみれば、
なんか、侘(わび)しいんよね。 その夜は、ことさらに、余市が、恋しか


った。 余市、と言われて、ピンと来ぬ輩(やから)。 勉強が、足りん。
ワシなんぞ、思わず、竹鶴さあーん! と、叫びたくなった程だ。

ホテルの、一人部屋。 閉所恐怖症が、ぶり返す。


ホテルの二日目は、アルのコールさん。 なんぞは、コンビニで仕入れれば良
いが、到着の晩は、要領が、分らんだろ。 寂しい晩に、なってしまったや、

ないか。 だから、一分会は、情報を出せ! 言うんよ。 糞(くそ)ったれ
め!


ワシは、虫の知らせ。 言うんか。 缶ビール二個。 かばんの底に、忍ばせ
て来て、本当によかった。 と、思う。

おにぎり、とか、酒の肴。 持参すれば、尚(なお)良かったのにと、今だに、
悔やまれる。 この辺が、情報の、有る無しの差、なんよ。 一分会!


この折り詰めには、一語。 言わねば、なんめえ。 最初の晩のは、ご飯が乾
燥して、ひでえ代物だった。

おかずも、貧弱でね。 思わず、何だァこりゃあ! と、言ってしまったよ。

なのにだ。 二日目のは、結構な、ご馳走じゃ、御座んせんか。



あれは、恐らく、弁当屋の、作戦だね。 経費を、安く上げて、なおかつ、客
の満足を、得ようとする、高等戦略、ですよ。

これから受験生、諸君。 以上の点を、参考にして、ホテル行き。 準備されん
事を、願います。


ワシ、一分会より。 親切にして、丁寧なる情報。 出してるとは、思わんか?


 *      *      *


< 国家試験の、前日は、寝れない! >


この様に国家試験では、テストの前日。 ホテルイン、するんだが、寝られな
いんだな。

どうしても、何としても、寝られない。 上の階の学生も、同じく、寝られな
い。 真夜中の三時だった。 シャワーの音が、隣の部屋で、する。


それから、歩き回る足音。 朝の、四時だぜ。 時計見て、時刻を、確認した
ワシも、やっぱし、寝ていない。

聞けば、たいていの学生。 起きてたらしい。 明け方、三十分ばかり、ワシ、
うとうと、したかな?


それじゃあ、二日目は、良く寝れたか? と、言うと、これまた、寝れないん
だな。

それでも、二時間。 寝たかな? 緊張、してたんだ。 さすがに、国家試験
だよ。


二日目の夜は、学生の三分の一。 へべれけに、酔いつぶれた。 そうである。

誰かの部屋へ、集合、したんでしょう。 へべれけに成った者の内、三分の一、
不合格。 外へ、飲みに出た組。 おおむね合格だから。

飲むなら、外だ! と、言える。



< おっさん、迷子になる >


ワシ、一日目のテスト。 終了して、アクシデント。 明治学院大。 前の
道路。 横断して、コンビニへ。

言わずと知れた、お茶け、の仕入れ。 縁起物、でんすから。 ブランドは、
何に仕様かな? なんて、夢中になったのが、まずかった。


モルト、しこたま買い込んで、バスの所へ行こうと、外に出て、ワシ、はたと
立ち往生、した。

方角が、分らん、やんけ!  バスの位置? どっちへ行けば、良いのだ?
おろおろすると、いよいよ分らん!

おがあちゃん! マンガなら、ここで、泣き出す所だぜ。


だがワシ、伊達に年は、取っておらん! ホテルに電話して、道順聞いて、
歩いて、帰れば、済む事だ。

てんで、ホテルへ電話したのは、良いが。 道路の名前。 建物の名前。
分らんのじゃ。


西へ、歩いて下さい? どっちが西だか、東だか? 新橋駅に向かって、と
言われても。 その新橋駅、どっちだか分らんじゃん!

こりゃあ、アカンぞなもし。 ワシ、迷子に成ったかな? 最悪、110番
に、電話して、パトカーで、ホテルまで、行けば良いんだが、


 *      *      *


こりゃ、ホンマに、どうしよう? 迷子の迷子の、おじいちゃん! こまった
ぞ!

進退、窮まった、その瞬間だった! 後ろから、ワシの肩を打つ者が、ある。


誰じゃい? と、振り向けば、な、何と。 愛称、組長。 ニッコリして、立
っとるやないか! 地獄に仏とは、正に、この事じゃあ!

久治良さん、迷子ですか? さいでんがな! バスは、もう出ました。
ボクが、案内しますから、ホテルまで、歩きましょう。


てんで徒歩。 重い、お茶けの、一杯つまった、カバンを背負い。 組長と二
人。 冬の東京。 住宅街。

アップダウンの、起伏の道。 ワシ、東京のこんな所、歩いた事、無い。


組長は、馴れたもんで、大通りは避け、路地裏伝いに、道を取る。

組長。 えらい詳しいが、おはん。 この辺が、縄張りか? 組長、あははは
はっ! と、笑い。

冗談は止(よ)して下さい。 ボク、生まれは、関西です。 でも、詳しいね。

勘(かん)で、歩いてんですよ。 ホテルは、あの方向でしょ。 そっちへ行
けば、何とかなるっ! て、だけで、歩いてんです。


あの時、もしもだ。 組長が、ひょいと、雲隠れすれば、ワシ、完璧に迷子、
だったろうな。

冬の、冷たい、曇天だった。 太陽が、見えないから、西も東も、分らない。
大学の近くなら、人間が、まだしも、多かったが。


この辺り、組長と歩く、東京の住宅街。 人を、拒絶するような、灰色の外壁。
監獄みたいに、家を囲み、道路には、人っ子一人。

見えやせん。 かくして三十分。 組長の案内の、よろしきを得て、ホテルが、
見えて来た。


 *      *      *


玄関に、口腔外科のA先生。 ワシを待って居られ、よう、帰れたか! と、
にんまりされて、

手でワシを、軽く打つ真似を、された。 これが幼稚園なら、お尻、パンパン
かな? 組長に、お礼を言うて、しばらくお喋りして、部屋に入った。


廊下の道すがら。 見れば、車座になって、早くも洋酒。 浴びとる学生、居
るやないか!

ワシも負けずに、まずは、ビールから。 続いてブドウ酒。 仕上げはウイス
キー、なんじゃが、

酒の肴。 明日の試験の、参考資料だなんて。 ワシ、どこまでも、まじめ、
だな。


この参考資料。 言うのは、ホテル到着の第一番に、配布される、予備校の極
秘資料じゃ。

A三版。 厚さが、何と、一センチ超だ。 裏表、ビッシリの代物だぜ! こ
の予備校、アホか! と、思う。 見れば、また、デス(DES)だ!

縁起でもねえ。 名前、替えやがれ!


こんなにも、膨大な資料。 一晩で、読めるかい!

この中に、明日の国家試験の、類似問。 混ざっているそうだが、掲載の問題
こんなに多くては、意味が、無いだろ!

この資料を作った人。 センスが、徹底して、欠けとる! なんて調子で、酒
が、回るに連れ。 べらんめい調に、ならあな。


これくらい酔えば、ぐっすりと、眠れる筈なのに、やっぱ、寝れないんだな。

一日目の試験は、なんとも無かったが、二日目は、流石に、こっくり、しそ
うになった。  冬だから、良いのだ。 夏だったら、持たないね。



それにしても、組長と歩いた、東京の住宅街。 軽く汗ばんだ三十分。
あれは、本当に、良かったなあ。

受験生諸君! ホテルから、バス。 会場からの戻りも、バスでは、気晴ら
しが、無い。  たまには、ふと、道に迷ってみる。 のも、悪くないかも。


 *      *      *


ここで一分会から、ホテル、宿泊上の注意点。 有りましたんで、書いて
おきます。


寝巻き。 ネコババ、すんじゃ無い! ホテル、ちゃんと、数えてるんよ。
後で請求書。 一分会へ来るんです!

ホテルからの請求書。 来た事、有るんだ!


ホテルの備品。 チョイしないと、泊まった気が、しない仁(じん)。
世の中には、多い。

歯学部の学生なんて、お金持ちの、お坊ちゃまか、お嬢ちゃまなんで、さぞか
し、大らかだろう。 なんて、知らない人の、思う事。


入学祝に、だよ。 ゴツイ外車。 買ってもらった様な、学生がだ。 人の道
具で、実習したがるんだから、もう、油断は、出来ない!

むしろ、金持ちの子弟こそ、汚い! ワシは、貧乏人だから、この点の心配。
ご無用だ。


歯ブラシと、ひげ剃り。 しか、ネコババ、しておらん! くしは、止めたよ。
毛が、無いもん。 ネコババしても、宝の、持ち腐れだあ!

だいたいワシ、この人生。 若い時から、くし、持っておらんのだ。 二十歳
の時、買ったバイタリス。 今だに、残っておる位だ。

身を、やつす、感覚を持たぬ、オッサンだ。 この頃の男。 すれ違うと、化
粧の匂い。 するからなあ! ワシは、過去の、遺物じゃよ。


 *      *      *


禿に、クシは、用が無い!

ところで、このハゲだけど。 キッパリト、ハゲて仕舞えば、苦にならん。
問題は、ハゲて行く、過程じゃ、プロセスじゃ。

だんだんに、薄くなって、地肌が透けて行く。 その過程が、拷問みたいに
堪える(こたえる)んじゃよ。


不思議なんは、黒人ね。 アフリカで、昔の生活の方。 ハゲが、無い。
アメリカで、近代的に生活の方。 立派にハゲる。

白人の男性なんて、二十三で、若ハゲ。 珍しくないよ。

同じ、黒人の方。 アフリカで、昔の生活してると、禿げない。 アメリカで
の生活。 見事に、禿げる。 この差は、一体、何だ?


 *      *      *


あれは、入れ歯の実習、だったかな? 先生が、前で、模範演技。 我ら、立
って、見ていた。 すると、じゃ。

横に居た学生。 ワシの腕を、つつくのよ。 何んじゃいな? すると学生、
あれを見よ。 と、指で合図。


そこには、女の子が、座ってた。 なるほど、後ろの上から見ると、彼女の前
頭部。 早くも薄くなって、頭蓋骨の輪郭。 丸見え、だった。

彼女、まだ三十歳。 これじゃあ、四十歳。 アデランスの、お世話になる。
別に、アデランスでなくても、良いんだが。


自分の頭。 鏡で見る時は、用心しないと、おでこの上の毛。 横から見るん
で、たっぷりに、見える。

一度、合わせ鏡。 上からの視点で、見よ。 地肌、透け透け。 かも知れん。
自分がハゲてるもんだから。 話、つい、いじわるに、なった。


 *      *      *


一分会だった。 叫ぶが如くに、言うんだよ。 ホテルの備品、壊すんじゃな
い! 浴槽のお湯は、部屋を出る時は、抜くんだぞ!

便器で糞(くそ)したら、流せ! そのままで帰ると、大学の恥! だんす!

タオル。 バスタオル。 ネコババ、すんじゃないっ!



と、微(び)に入り、細(さい)に入り。 すごく、丁寧だった。


 *      *      *


ところで、ホテルのひげ剃り。 二枚歯の、どえれえ、斬れ物だった。 ワシ、
今だに、重宝しておる。

メーカーが、フェザーじゃ、斬れる筈だ。 最近の、歯科医師の、道具。

いかさまの、安物が、多いんよ。 道具屋、儲けようとして、こんな物ばかし、
入れやがる。 値段は、一流品の、値引き値。 なんよ。


売値が、これなら。 仕入れ値の、安い物、利幅を取れる。 ってんで、

超、安物を、持って来やがる。 二回、使ったら、噛み合わないピンセット
なんて、持って来るなっ! つーのにっ!

口の中で、切ってるメス。 パキッと、割れれば、患者。 大迷惑、じゃんけ!


 *      *      *


先に、書いちゃうけど。 試験終わって、バスに乗る。 あの開放感、堪んね
えな。

学生。 缶ビール。 ドバッと、山程買って来て。 バスの中で、あおる様に、
飲むんだから、その美味さ。 比類なしっ! だ。


最初の内は、大はしゃぎ。 でもね、膀胱。 たちまち、満タンと成る。

ギャアアーッ! バス停めてくれっ! オシッコ、させてくれ!


添乗員、用意のビニール袋、出して来て。 これに、して下さい。 学生、
はにかんで。

いえ、ボク。 我慢します。 に、車内、大爆笑。


あいつの、短けえからなあ。 見られた代物じゃあ、無いぜ。 あれじゃあ、
人前(ひとまえ)では、出せねえよなあ。 ボクちゃん、我慢するんだよ。

この冷やかしに、青い顔して、寝そべってた学生。 ウルセエーッ! と、
大声で叫んだんで。 車内、またしても、大爆笑。


寝そべってる君(きみ)。 誰かと思えば、ポルシェじゃ、ないかっ! 青
い顔して、今にも、漏(も)らしそうだった。


 *       *      *


バスは三台である。 前を行くバス、首都、高速道路の途中だぜ。 ウインカ
ー出して、路端に停車。

見ると、学生一人。 車外へ出て、オシッコだ。 バスの学生、それ見て、や
んやの、大歓声。


前のバスの学生も、エールに答えて、大騒ぎ。 うおおおっ! の雄たけび。
物凄く。 ほとんど悲鳴だった。

この間、我がポルシェ君。 青ざめて、横たわり。 両手であそこ、押さえて、
今にも、ちびりそうな気配。 トイレ、まだでしょうか?

痛々しい、声だった。


あれは、サンシャインビル、でした。  予定外、高速を降りて、臨時の停車。
ポルシェ、仲間に担がれて、トイレ。

待つほどに、学生の一団。 トイレから、ご帰還だ。 見れば性懲りも無く、
新手の缶ビール。 両手に抱いて、バスの人。


今度は、知らねえぞ。 分ってます。 でもね、飲まないと、居られないんで
す。

しかし、喜べ! 我らのバスからは、国試不合格。 一人も出なかった。
国試は、テクニックだ。 しかし、テクニックだけでは、合格しない。


努力と根気と、テクニックだ。 学生の中には、ワシの所へ、受験のテクニッ
ク。 聞きに来るのが、居る。

努力しないで、テクニックだけで、合格しようなんて。 そりゃあ、虫が良過
る。 だが、効果的な努力の仕方なら、アドバイス、出来る。


歯科医師の国家試験。 85%は、暗記である。 なれば、効果的な努力、ど
うすれば良いか? 見えて来る。

如何に、効果的に、暗記するか? 良質の資料を、繰り返し学ぶ事に、しかず。
だ。


 *      *      *


原稿の始末、悪いもんだから。 卒試が、先に来ちゃったので。 ついでの、
ついでだ。 この辺り、全部、書いちゃうぞ。


バス。 夕暮れの関越道。 北へ北へと、ひた走った。 さっきまで、酒だ、
ビールだと、騒いでいた連中も、バスに揺られて、お寝んねだ。

鶴ヶ島インターを降りると、帰って来た! の、感。 ひとしお、だ。


明かりの消えた、大学の、正面入り口。 歯学部長や、教授連。 お出迎えや
ないか!

バスを降りて来る学生に、どうだった? 上手く、やれたか? 声が、掛かる。
合格だか、不合格だか? この時点では判らん。


ジンクスに、依れば。 ここで騒いでは、いかんのだ!  ここで騒いだ者。
不合格の確率。 倍になる。

この手のジンクス、外にも有って、卒業式のあとの、謝恩会。 あそこでも
馬鹿騒ぎした者。 雁首そろえて、不合格。 受験生諸君、押えて、押えて!


 *      *      *


試験の期間中、二日、続けての寝不足。 三階の、大講義室までの階段。
えらく、辛んどかった。

だいたい三月は、春休みだ。 大学は、真っ暗け。 森閑としておる。 我ら
の集まりし、三階の、講義室。

緊張からの、開放感。 馬鹿話でもしないと、神経が、持たなかった。


歯学部長。 改めて、ご苦労さん! 我ら、大役を、終えた気分。 合格の
発表は、四月の二十日だ。 この間、一ヶ月。

この、一ヶ月間が、問題だ。 宙ぶらりん、と言うか、落ち着かない。


最期の、最後の、自由な時間。 なのに、上手く使えない。 海外旅行に出
た学生。 正解かも。

大学に残った者は、四月一日から研修が、始まる。 始まるんだが、四月二
十日の発表で、落ちてたりすると、みじめな気分に、させられる。


ワシらの、次の年から。 国試の日程。 一ヶ月早くなって、二月の中旬。

これなら、合格を聞いてから、研修に入れる。 他大学の医局、なんかに這
入って、だよ。

一ヶ月間、みんなと一緒に働いて、不合格だったりすると、赤っ恥も、良い
所。 逃げ帰る羽目、とは、なる。



< 山藤 武久先生は、超の付く、やり手だ!>


あれは、関西方面の、他大学。 口腔外科へ入局した、学生だった。 五月の
初め。 明海大歯学部、学事課の前で、バッタりだ。

おいっ、どうしたんだ? 大丈夫かい? 彼、頭、掻いて、尻尾巻いて、逃げ
て来ました。


一年間の、辛抱だね。 艱難、汝を、玉にする! に、ボク、玉に成らなくて
も、いいんです。 早く、合格したい。

天の与えてくれた、チャンスだよ! 人生の、バネに、してくれい。 にも、
ボク、本当に、いいんです。


ところで、これから、どうするんだ?

ボク今、学事課に、聞いたんですよ。 麻布を、紹介されました。 我が明海
大。 予備校は、麻布デンタル、なんね。

麻布は、昭和大学が発祥。 医学部出身の、山藤先生が、主宰。


山藤武久先生。 姓はやまふじ。 名はぶきゅう(武久、たけひさ)。 ワシ
らは、親しみを込めて、さんど先生。 ぶきゅう先生と、お読みする。

この先生の人生。 自叙伝に、値する。 本学の、薬学部。 非常勤講師に、
名を連ねて、おられる。


我ら、講義で、お会いした。 六年次の後半には、予備校の校長として、話さ
れた。 勉強の仕方、予備校的、発想で。

この先生の印象を、一語で言えば、海千山千の、超やり手。 ご自身、大病院
の、経営者。 人工透析なんかで、莫大なる収入。


略歴を、チョットだけ、書くならば。 高校時代は、(アマの)野球。 なん
かに興じ。

タレントの、あおいてるひこ?(字が、分らん)なんかと、仲間だった。 テ
レビ界にも、その頃から関係して、高校の仲間を、テレビのエキストラに大量

動員!


学生の出演料。 ピンはね、したの、しないの、で、騒がれたり、しつつ。
高校時代から、口利き屋。 みたい生活。 送られた。

ボク、本当はね、タレントに成っても良かったんだけど。 医学部、受けたら、
合格、してたもんだから、進路、間違えたよ。


しかしだ。 医者でも大成功。 その勢いを、駆(か)って、イレブンPM?
だったかな? 出演した。

番組では、ほとんど全裸の女の子に挟まれて。 ムギュッ! なんて顔、して
る場面。 テレビで見た人も、多いんでは?


いやらしい先生の評判。 伊達じゃあ、ないっ! あの手の番組では、あの人
山藤武久先生では、ないか? と注意して、見て欲しい。

先生の口癖。 君らは、親が金持ちだ。 君らのは、親のお陰での、金持ちだ。
ボクは、違うぞ。 ボクは、自分一代で、金持ちに成った人間だ。

この点を、絶対に、絶対に、忘れないで欲しい! なるほど。


医者で、大成功を収めて後。 出身の昭和大から、歯学部の国試浪人。 何と
か、してくれ。 の、求め。

応じたのが、麻布デンタル予備校の初めだ。 予備校、大手はDES(デス)
と、麻布と、医歯薬(いしやく)の三つである。


最近は独立系、個性的な教え方を志向して、立ち上がっておる。 学費、年間
二百万。

宿舎なんかも、用意され、生活費なんかも、加算して、合計最低、三百五十万
か? 予備校も、許せるのは、二年まで、ですよ。

でも、歯(は)の予備校。 医学部ほどの切迫感、無いですね。


医師の、国家試験の、浪人。 五万だか、六万だか、社会問題です。 国試浪
人と、言えば、医師の国家試験の浪人を、指す。

歯科医師の浪人、なんて、やがて静かに、消えて行く。 んだ、そうです。
抵抗は、大して、しないそうです。


さて、くだんの、ぶきゅう(武久)先生。 イレブンPMなんかで、オニャ
ン子なんかと、ジャレテ、ましたら、昭和大の教授の椅子。

一年、お預けになった、そうです。 こんなのが、笑い話になるのが、ぶきゅ
う先生の、ぶきゅう先生たる所以(ゆえん)、です。


誰か、先生の伝記。 書いてみて下さい。 おもろい代物(しろもの)に成る
事、受け合いです。

ぶきゅう先生の人生、それ程、おもろい人生、なんすよ。


 *      *      *


一ヵ月後の、合格発表の日。 大学に残った者、集まって、近くのコンピュー
ターで、検索。 受験番号の並んだ、ディスプレイ。

おおっ! ボクのが、有る! あいつは、載ってねえや。 滑りやがったん
だ!


落ちる筈の無い学生。 何名か、落ちていた。 そのうちの一人、ワシ、注意
したこと有る。

君、その勉強法、良くないよ。 国試まで、あと二ヶ月だろ。 眼前の、卒試
も大事だけど、照準を、国試に合わせないと、マズイんと、違う?


彼女。 卒試のアングラ情報ばかり、覗いておる。 あんな物に、うつつ抜か
しとるから、本番でヘマ、するんじゃよ。

勉強の仕方の、間違いだ。


ほんの、一問の差で、不合格の学生。 一年間の、浪人。 ショックは、とて
つもなく、大きい。

文字通り、ガクッとなる。 国試浪人も辛い(つらい)けど、卒業出来ずに、
留年する学生も、これまた、辛(つら)い。


何年も、何年も、六年生。 卒業出来ずに留年も、見てて、可哀そうになる。

助けて上げれるなら、助けたいが、彼ら、押しなべて、勉強の仕方、間違って
おる。 大学は、年間、四百万の学費を徴収してんだから、


留年生には、特別のカリキュラム、考えるべきだ。 成績上位の学生に、有効
なカリキュラムも、留年者には、毒の場合が、有るのだぞ。

十年以上、六年に留年する学生が出れば、大学の責任も、考えるべき。 では?


 *      *      *


< 長期、留年生に、もう少し、意を、用いよ >


この問題、かなり深刻なんで、さらに書く。 留年生には、特別の講義、
有る事は有る。

しかしだ。 総合講義同様、教える先生、責任が無い。 先生は、自分の仕事 で、手が一杯だ。  講義、紋切り型に、成りがち。


さらに問題は、講義の出席率だ。 恐ろしく、低い。 留年者二十名、出席者
二名。

ワシが卒後に関係した、この手の講義。 出席者、無しだった。 誰も来んの
よ。 なのに形式だけ、残ってる。 完全に、お役所仕事だ。


それと、教授に依る、激励と称し。 頑張れ! だの、死に物狂いで、勉強し
ろ! の訓示も、効果は、薄い。

そんなん、大きな、お世話だ。 自力で突破出来ない、んだから、しかるべき
援助が、あらま欲しいのよ。 それが無いと留年者、浮かばれ、無い。


ある教授、いわく。 君も大人だろ? ネンネじゃあるまいに。 自分で勉強
しろ! も、如何かと、思う。

それじゃあ、四百万の授業料。 あれは一体、何んだ? と、言いたくなる。
四百万に値する扱い。 留年者に限って言えば、疑問が残る。


この考えに、ある先生、反論した。 ボクは、むしろ、自分で勉強しろ! 派
に成りたい。

つまりさ、こんな卒試さえ、クリヤー出来ない学生を、だよ。 テクニックで
卒業させて、歯科医師の国家試験まで、取らせる必要が、あるのか?

って言う疑問だよ。 そんな学生は、歯科医師にしては、いかん、のと違うか?


さて、諸君らの考えは、どうであるか?


 *      *      *


留年者、二十名の学費。 合計、八千万円ですからね。 八千万に見合うサー
ビスが、有ったで、しょうか?

自分で勉強しろ! って言うなら、それらしい学費に、値下げしたら?

八千万に、相応(ふさわ)しい援助が、有ってこそ。 学費の合計、八千万円
です。

ワシ、正直に言って、留年生が、可哀そう。


 *      *      *


< 国家試験会場から、生還して >


国家試験から帰還して、歯学部長のねぎらいを聞けば、その後、帰宅しか、
する事が、ない。

三階から、薄暗い、夜の階段を、我ら降り、学生用の出入り口。 行き着
いた時、でんす。


女の子一人。 群れに先行して、我ら前を、スーッと行く。 見れば、玄
関前だ。 小さいスポーツカーだ。 屋根の無い、オープンカータイプ。

でんした。


女の子、我らの目の前で、そのスポーツカーの助手席に、素早く乗った。

女の子。 乗るや否や。 スポーツカー。 タイヤを猛回転させ、煙り、激し
く、吹き飛ばし。 矢の如く、かなたの闇に、消えて行った。

我ら、あっ気に取られつつ、お見送り。 でした。


かっこ、ええなあ! やっぱ、人間。 ああ、行きたいね。 ところで、君の
お迎えは、どこ、なんじゃ?

いやですよ、久治良さん! お迎えなんて、有りませんよ! でもなあ、ああ
言うの、見せ付けられると。 彼女の居ない一人身は、いや増しに、寂しい、

のおお。 ワシが、言うと。 若い彼。 はっはっはっ、久治良さあん!
だとよ。


 *      *     *


スポーツカーの二人。 彼女が、卒業式から、帰るや否や、待ち構えた如く、
一緒になった。

ホンマ。 あんなのを、青春。 言いまんのや、なああ。 お幸せに!



ワシなんぞ、受験で、余りにも頑張ったものだから、卒業式の後、寝込んでし
まった。

最後の、自由な時間。 どこも行かず。 ただ、ただ、アパートで、寝ていた。

さて、この本も、終わりが、指呼(しこ)の間(かん)じゃよ。 いよいよ、
寂しい。


 *      *      *


素敵なA子ちゃんには、スポーツカーの彼が、お出迎え。 ワシ、なんざあ、

やがて、あの世からのお迎えが、来やがらあ!

次の段へ行くと、お待ちしてました。 なんて、言われたりして。 おそる

おそる。 行くと、しましょうか!



*    *   *



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