*  自分史 製造業系 ( 五十歳までのワシ。 鉄工所三十二年間の想ひ出 )  *   < kujila-books ホームへ帰る >

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第 1 章  *  5 / 11 

< バックリベート、ワシの場合 >



横井庄一さんじゃあ無いが、
恥ずかしながら、
ワシにだってバックリベートの経験く らい、
有るのだよ。でもさ、
如何にもワシらしいと言うか、
営業力による寝技じゃあ無いんだよな。
その辺を、赤恥覚悟で書いてみる。



*     *     *





< バックリベート、ワシの場合。 >



あれは昭和五十年代の後半だった。 と思う。
直径が壱メートル。 厚さ、四十センチの円盤だ。 削って呉れ。

三個来てね。 加工して見積もりを出した。 担当者、男前でね。
顔をしかめながら封筒を開くのよ。 ワシの見積もりは、一個、六万円。



ろ、六万円んんッ



男前氏、素っ頓狂な声を出すから、ワシ、ビビってね。 す、すんません。
五万円にします。

彼、ワシをマジと見つめた。 これ本当に六万円で出来るんですか?
雲行きが怪しい。 ワシ、ごくりと生唾(なまつば)を飲み込んだ。


男前氏、かさねて、本当に六万円で出来るんですかッ?
ワシ、たずねた。

失礼ながら、おたく さん。 値段が高いと、おっしゃってるの?
それとも安いと、おっしゃってるの?



安いですよ これはね、S 鉄工へ出してるんです。 一個の
加工賃、十四万円ですよ。

ワシ、しまった と、臍(ほぞ)を噛んだ。 ここが、寝技の腕
だったのだ。


十四万は余りだと、思いませんか? それでウチの社長、せめて十万円以内
で加工して呉れる所、探して来いッ

言いましてね。 ボクが周(まわ)ってるのです。 そうですか六万円ですか。
社長の見積もりは、ショックでした。 一個の加工賃が六万円だなんて。

今まで、だまされてました。 そうですか、六万で、出来るんですか ・・・



 *       *       *



ワシ、慌ててね。 いやああ 〜、六万円は出血単価なんです。 本当は七
万円を越えてたんです。 と言ったけど、手遅れじゃわ、なああ 〜 。

ハハハッ、さっきボクが六万って言ったら、社長は五万にするって言ったじゃ
ないですか。 それより相談なんですがね。


と言って彼、ワシにグッと一歩、近づいたから、ワシ、押されて半歩、後退した。



 *       *       *



見積もりを一個、九万八千円に書き直しませんか? 社長の取り分は六万五
千円です。 差し引き三万三千円をボクにバックして下さい。

そ、そうですか。 わ、判りました。 それで行かせて頂きます。 言う
のが、やっとだった。



ってんでさあ。 正義の味方の久治良社長がよ 〜 。 美しいその御手を、
お汚し遊ばされたんじゃよ。 遺憾ながら ・・・

歴史的瞬間とは、こんなのを言うのだッ  大袈裟ではあるが。



爾来、数年間。 月末になれば、素敵なご婦人が現れ、遊ばされて、
ワシの差し出す封筒を、ご納受されたんだが、

月に七個から十五個だろ。 少ない月で二十万。 多い月は、五十万だぜ。
こちとらも儲かったとは言え、汗まみれ、油まみれの儲けだがや。


あちら様は何もせず、あの金額だ。 数日後には、金額分の領収書が郵送
で届いた。 聞いた事も無い会社だったり、飲み食いの領収書だったりした。

大きな円盤を正面旋盤で加工してるとね、奇妙な気分に囚われたもの
だったよ ・・・



 *       *       *



次も似たような話。 背広にネクタイの方。
図面の束を小脇に、入り口に立たれた。

こんな加工は出来ますか? ・・・  し、失礼な事、聞く なよッ


我が久治良鉄工は、他社がギブアップした仕事を、専門に加工してる会社
どっせ。 加工が出来ますか? とは失礼な。 許せねえ仁(じん)だ。



で、どんな仕事でしょうか?



見るとなんだ。 たて八十センチで、横六十センチ。 厚さ十六ミリの四角い
磨(みが)き鋼板だ。 軸受け箱を構成する。 二枚一組で向かい合わせ。

直径十二センチの孔が三個。 七センチ孔、五センチ孔も有り、向かい合わ
せに加工する。


この仕事。 行き先が決まってます。 横型のマシニングセンターで加工します。
肝心の冶具が、出来て来ない。 冶具の発注先は、堺市のメーカーです。

注文が多すぎて、遅れ遅れ。 冶具が来るまでの、お願いに成ります。
そんな条件ですので、単価は、少し高めでも許容します。



てんでね。 早速見積もりした。 ワシのやり方は、板を二枚に重ねる。
ボルトで固定して、二枚を同時加工。 当然、位置はドンピシャリ。

これ以上、正確な加工は無い。 最初の十組の二十枚。 見積りを付けて
納品した。



 *       *       *



彼が出て来てね。 封を切って見積書を見た。 ジーッ と見てんのよ。
社長さん。 これ相談ですけどね。 書き直し、出来ませんか?

ワシは聞いたね。 高いんですか? それとも安いんですか? 担当者、
またしてもワシを、ジーッ と見て。



安いんです。 困るんです。 これのマシニングでの加工単価、八千二百円
なんです。 社長のは、六千五百円です。

量産の単価より安いでしょ。 困るんです。



このままで出せば、わたしの責任問題に成ります。

一個の加工賃を一万三千円にしませんか?  社長の取り分は、七千円です。
残りの六千円は、わたしの指定する口座に振り込んで下さい。


ワシ、よござんす。 有り難いお話です。 喜んでさせて頂きます
スムーズな交渉だったとは、思わんか?

もっとも、親父 ( おやじ ) には叱られた。 こっちの取り分を、なぜ、
八千円にしなかったのだッ   ・・・ と。



 *       *       *



この仕事は、量が多かった。 冶具を改良して、工具にも工夫を入れた。
中々に美味しい仕事に成った。

半年後に、マシニングの冶具が来たんで、ワシ、見に行った。
加工主軸の正面に、冶具が付く。 この冶具のお値段は、1400万円だぜ。

高過ぎると思わない? 当然、裏がある。 この裏は、社長が取る。



加工は、右と左が一個づつ。

マシニングが右を加工してる間に、社員。 左の製品を外して、新しい
材料を、セットする。

右の次は左。 外しては付け、付けては外し。 一日中、こればかりだ。
儲かるらしく、社長、機嫌が良かった。



三十分も見てると一個当りの時間が判る。 標準単価は六千円だな。 ワシ
より能率が悪い。 さて量産品のバックリベートは、一個二千円か三千円か?

それにしても、マシニングの動きが遅い。 聞くと、中古で買ったそうな。
道理で遅い筈だ。 どっかの工場が、遅くて出したのを購ったのだ。



でもね、遅くても良いのだ。 今の時代は職人が加工してては、駄目なんよ。
見学者が納得しない。

なんだ汎用機で加工してんのか? と文句を言う。 評価が下がる。
コンピューターが付いて、自動でないと駄目なのだ。



 *       *       *



も一つ似た話をしよう。

船用のブラケットだった。 厚さが二十四ミリ鉄板を、雲みたいな形に
溶断する。

種類が多いから、用心しないと間違える。 中心に、ゴムのオーリング
の入る溝が付く。 この溝の加工が、旋盤工の腕の、見せ所だった。


加えて、ネジ穴やドリル穴( 馬鹿穴と言う ) が二十ヶもあって、それ
が又、注文ごとに位置が変わる。

お陰で、自動化出来ない。 加工賃、一個幾らでしょうか? と言うのでワシ、
数が多いから、こりゃあ、一個四百五十円でしょう。 見積りを出したんよ。



  *       *       *



この仕事、三年間ばかり、夢中で取り組んた。 そのまま何も知らずに居れば
良かったのだ。 知らぬが仏、だったのだ。

ある日、どこかの社長さん。 仕事でワシの鉄工所。 おおっ、これ、久治良さん
で加工してたのか? 不良品は出ませんか?


最初の一回だけ、十個ばかし出ましてね。 赤恥を掻きました。
それ以降の不良、一個も有りません。

流石に久治良鉄工ですな。 わしらは、みんな。 90%以上が返って来て、
一回で万歳して、止めたんです。



へえーッ? 本当ですかい?



ワシの鉄工所へ来るまでに、三軒の鉄工所が加工して、不良品の山を作った
と言うお話。 そこまでは良かったんです。

問題は単価でした。 彼らは一個、八百円でした。 親会社からの加工賃は、
一個、千円なのです。 一次下請けが20%の利を取り、それを我らに


800円で外注したのです。 ところが不良品の山でしょ。 一次の社長が
頭を抱えてね。 もう利益はいらない。 良品を加工出来れば良い。

千円、そのままで出す。 ちゃんと加工できる会社を探して来いッ
言いましてね。 外注係りの尻( けつ ) を叩いたんですよ。



久治良さん所は、すると、一個の加工賃は 千円ですか?



 *       *       *



ワシは蒼(あお)ざめた。 しばらく 耳が聞こえなかった。
それから何処を、どう歩いたか知らない。 気が付く と事務所の机に座ってた。

もちろん、すぐに、会社と交渉しましたよ。 残念ながら、ワシに交渉力、有り
ません。 結果は書くまでも有りません。


歯科衛生士が、一個、四十五万に決めてた入れ歯を、客に絡(から)まれて、
三十五万に値切られたワシです。

先生は患者との値段の交渉、金輪際、絶対にしないで下さいッ
釘を打たれてしまったワシです。 親会社の社長みたいな凄腕に、

勝てると思いますか?



千円引く四百五十円は、五百五十円の筈です。 しかしこれは、社長の儲けだか
ら、企業内企業活動では、ありません。

企業の儲け、そのものです。 個人の会社だから、社長自身の利益です。
企業活動の、立派な成果です。



 *       *       *



真実を知る事は、時として人を不幸にします。 知らぬが仏でした。 ああっ、
何たる苦悩だったでしょう。

あの話は、聞くのではなかった パンドラの箱を開けてはいけないッ



その夜は、自棄酒(やけざけ)でした。 酔う程に、おのれを呪う事、しきり
でした。

本当に聞くのではなかったと、今だに後悔してます。



 *       *       *



その仕事、十五年間も続きました。 それからの十二年間は地獄でした。
仕事してますと、まるで、損してる様な気分でした。

ワシが450円、稼ぐ間に、あの社長は550円ですよ。
何もしないで、ですよ。



最後の日でした。 鉄工所を閉鎖して、明海大学歯学部へ入学すると、告げに
行った日でした。

社長がワシに言うのです。 止めるなら、一個、450円で加工する会社を紹介
してからにしろッ



この時ワシ、目から涙が、ほとばしり出ました。 机の書類を掴み、社長目掛け
て、投げ付けました。

馬鹿野郎めッ



感謝の言葉でも抜かせッ  テメーはワシのお陰で、何んもせずに、
どれだけの金額を稼いだか、それを思えッ ってね。

それだけ言い残して出て来た ・・・ と言うのは舞文でしてな。 そんな事は
無かったのです。 似たような事は、有りましたが  ・・・



ワシはひょっとして、死に物狂いに仕事して、他人様の資産形成に励む毎日
を、止める為に、鉄工所を、お仕舞いにしたんじゃ、無かろうか?

思う瞬間もある位です。 冗談抜きで。



 *       *       *



見ての通り、ワシのバックリベートは変則です。 意図して、した
ものでは、ありません。

一般的バックリベートとは、毛色が違って御座います。



 *       *       *



次の段では、ワシの父。 久治良伊一の営業活動を書く。

ワシの父も職人で、営業は駄目だった。 にもかかわらず、これだけの事を
しましたと言う、記録です。

社員の数が増えるとね。 いけない事も、せざるを得ないと言う、苦しい胸の
内です。



雑誌なんかで、
財務省のキャリアの接待が、どうのこうのと言う前に、次の段を読んで下さい。

接待とはね。 受注側は、しないと居れない気分なんす。 一億円の
仕事を、二億円で受注してると、そう成るんです。



発注側と、きな臭い仲に成らない限り、心配で心配で、夜も寝れないんです。
この気分、解りますか? 接待は人間の根源の、問題です。

売春を、どんなに禁止しても禁止しても、止まないのと、同じです。 しかる
べき場所を閉鎖すると、純真な女子大生が餌食にされるのと、同じです。



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< 参考。 パナソニックの下請け政策。>


ワシの見聞は、少ない。 少ないけれど、その中の白眉は、松下電器産業。
今のパナソニックである。

あらゆる会社の外注分野 ( 資材関係 ) は、汚い奴ばかりだった中で、ただ
ひとつ。 松下だけは、美麗だった。

諸君等の参考の為に、ワシの見聞を書いてみよう。



パナソニックが部品を発注する、加工単価は、あるセクションが付けて来る。
恐ろしく安いのが、玉に瑕 ( きず ) ですが ・・・

資材担当の社員、何処へ発注しようと自由裁量でも、単価は会社が付けて
来る。 その範囲内なら、合格の部品を納入が条件で、

悪い事、しても良いですよ  ・・・ の政策である。



だけど、加工賃が安過ぎて、そんな余裕は、無い。 担当社員も若く て純真。
やがて別ポジションへ移動ですから、

これまた、バックリベートなんて、してる閑 ( ひま ) も無い。 よって
全体、パナソニック ( 松下電器産業 ) には、


企業内企業家、居ませんでした。 ( 株 )コマツ、わんさか居ました。
今も居ます。 ホンダ技研鈴鹿、負けず劣らずです。

三菱キャタピラー、お上品に、してましたな。



  *       *       *



でもね、下請けから見ると、汚い社員の多い会社ほど、旨みが出るんですよ。
パナソニック、面白くも可笑しくも無い会社です。

清潔な会社は、下請けから見て、詰まらん会社でも、あるんです。 もっとも
ワシみたい、寝技の出来ない人間は、別ですがね。



そして、会社でも役所でも悪い事を始めると、人間関係が重要に成るのです。
お金で結ばれる。 女で ( 穴で ) 結ばれる。

美味と美酒で、一体に結ばれないと、お互い、不安なんです。 これを
禁止したい方は、人間を、根源から研究しないと、駄目です。

売春と同じです。



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バックリベートを根絶したい方は、人間の研究が必要です。 欲望は、消せない
のです。

如何に、無害な方向に、外 ( そ ) らせるか ? ・・・ を考えて下さい。



では次の段です。 我が父、久治良 ( 土田 ) 伊一のバックリベート行為です。

我が父は、今頃何をしてんでしょうか? 釣りキチでしたから極楽のハスの池で、
釣りでしょうか? お釈迦様に叱られたりして ・・・・



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