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第 二 章  5 / 6 

< 解剖学 時岡教授の教え >

時岡孝夫教授の教えは途中頃から
始まります。次の段にもあります。




< 解剖、怖くありませんか? >


良く、聞かれる。 解剖は、怖くないか? ゴハン、食べれましたか?
まったくの、平気。 気分の悪くなった学生、見たこと無い。

ご遺体は、ご存知のように、ホルマリン処理、されている。
このホルマリンで、アレルギー反応の出た人は、居た。


ゴハン、第一日目から、パクパク。
芥川龍之介の短編小説(諸君らは、読んでないが)の時代と、まったく
違う。 おどろおどろしき事、まるで無し。

ワシも最初、用心した。
でも実習室、ご遺体と対面した瞬間から、心配した事、何も起こらなかった。

ひたすら実習に没頭。 時岡教授の側に来てからは、センチな気分、
賞味の閑(ひま)さえ、無かった。


人体解剖実習、歯学部最大、最長の実習だ。
一年次、のほほんと遊び呆けて(ほうけて)居た学生。 この解剖実習で、

歯学部の学生を、自覚する。 学生が、粛然となる。
この辺から、本気で勉強する学生が、出て来る。
ご遺体の解剖実習。 意義が有る。


時岡教授の側で過ごした、三ヶ月。 教授は、模範解剖を示しつつ、折に触れ、
色んな話を聞かせて下された。 その一部を、書こうと思う。

その前に、ワシの一日を書く。 午前中は、教授の解剖を、飽かず(あかず)、
眺める。 昼飯喰って、午後の実習が、始まる。
学生、ご遺体の一部を持って、聞きに来る。 ここ、どうするんですか?


時岡教授、机に腰掛けて、トムソーヤみたい、足ブラブラさせ、それは、久治 良君に聞いてくれ。 彼に、教えてある!

学生、ワシの処へ来る。 今、覚え立て、ホヤホヤのやり方、学生に教える。
これが一人や二人では、無い。


同じ事二十回、説明してみろ。 喉(のど)はカラカラ。 目、クラクラ。
教授が代わりに教えてくれと、言う筈だ。

実習が進み、頭部しじょう断(頭を真ん中から、左右に二分する)になると
右と左だから、対称だ。 右が来たり、左が来たり、頭が、こんがらがった。


そこを、なんとか漕ぎ抜けて、実習を終えた時、感極まり、泣いたね。
ワシそれ位、解剖に思い入れした。 大学時代の六年間。 思い出す事、

この実習だ。 帰宅は夜の八時。 風呂に入りて晩飯喰って、その日の日誌を
書いて。 明日の実習のレポートを書いて。 床に入るのは、次の日の一時か、
二時。 四時間寝て六時には起きる。 読書。 朝めしは、コンビニ。


こんな生活、三ヶ月間続けると、年齢の重み、ズシリと答えたね。
無理したのだ。 学生は二十歳。ワシは五十一歳だ。 無理も無い。



< わからん事? >


これは次の年、三年次の春だ。
一人の女の子、ワシに言うのだ。(彼女は、誰にもやらせず、一人でしたがる
王族の一人) この頃みんな、わたしを避けるの、声掛けても知らん振り

する。 側にも寄らなくなった。
それで、わたし、医療倫理の先生の所へ行って、相談して来た。


相談して来た、だと? 何の相談だ? 相談なんか、する必要、無いだろ!
君は実習、一人でして、誰にも触らせなかった。 あんな事すりゃ、
誰だって、口も利かなくなるの、当然だ! 


てな事、言わなかった。 ウウム、なるほど。 何んて言っといた。
だけど不思議だな。 この子もあの子も、誰にも触らせずに、自分一人で
実習するの、おかしいと思って、ない。

皆んなが、わたしを避けるの、どうしてだろう? と、首を傾げておる。
見学させられてた子らの、諦めた様な、不快な表情。 見て無いのか?


日本は、どうなったんだべ? 日下公人(ひさかきみんど)先生、何んですか、
これ? ワシ、黙っておれなくて、遠回しながら、指摘したのだ。

実習、君、一人でしてたね。 誰にも触らせなかった。 皆が君を避けるの、
ひょっとすると、そこが原因かも。 結果、失礼な事言う、と言われ、
嫌がらせ、された。


一人で実習して、誰にも触らせないの、悪い事で無いみたい。
少なくも本人、まずい事した、の意識、全然無かった。

そうでしょうか? そうでしょうか? これが、判らん。 他大学、
医学部の方、歯学部の方、皆さんの所、どうでしたか? 教えて下さい。


 *     *     *


六十年も生きとると、人生を見る目のスパン、長くなる。

幼児期、少年期、子供の世界。 その頃の、そのままの姿で、ワシの仲間、生
きておる。 仲間を従え、ガキ大将と成りて、野や山へ遠征していた子、六十
歳の今、似たような姿。 部下を率いて、世界を股に、仕事してる。


あの頃、腰ぎんちゃくだった子、六十歳でも、やっぱ腰ぎんちゃく。
模型工作の上手だった子、あの頃を彷彿とさせる姿で、機械、作ってる。
ワシ今、六十歳。 世の中を見る。 この現象、面白くて堪らん。

して見ると実習を自分だけ、誰にも触らせずにする若者、幼児期の姿、
見えてくるや、ないか! ワシ、思うに、あいつら幼稚園で、同じ事、しとっ
た、のだ! 相違、有るまい!


この辺り、幼稚園が多い。 諸君らの町にも、多いだろう。 厳重な柵(さく)
に囲まれて、園児、遊んでる。


あれ見て、何か思わない?  あの柵の中、幼稚園の園内。
  ありゃあウルトラマンの支配する、特殊な世界だ。 園長先生と言う、ウルト
ラマンの居る世界、なんじゃよ。

昔の子供、大人と完全に別の国。 子供だけの世界に、住んでいた。
そこでは子供が、原始的、初歩的な社会。 造ってた。
現代の日本、あの子供だけの世界。 潰してしまった。


 *     *     *


大人が全く居ない世界。 喧嘩、いさかい、子供自身で解決しないと、誰も 助けない。 そこに子供の、自主的な世界があった。 あれを潰した日本。

失敗だったのでは? ワシがあの頃見た、仲間たちの姿と役割。
六十歳の今、彼ら、似た様な姿で、似た様な役割しとるから、面白い!
言うんじゃよ。


あの頃のワシ、今と同じ岡目八目。 自分まで客観視して、それはこうだ!
なんて言っとった。 だから今、同じ事しとる、と笑われる。

例をひとつ、書いてみる。 三角ベースの少年野球だ。 審判なんて居ない
から、アウト、セーフで、良くもめた。 一塁走者、盗塁だ!


キャッチャーの送球、きわどい! 守備側、アウトだ! 攻撃側、
セーフだ! 決着が付かぬ。 ワシ、ショート。 仲間みんな、アウトの組。

今のはセーフだ! ワシ、まだ十歳。 これじゃあ変人だよ。 成績良かっ
たから、助かった。 今、いじめ時代。 ワシ生き残れたか? 怪しい。


この本、読み返すと、あの頃とワシ、同じこと、しとる。 ワシばかりや
無い。 当時の仲間、当時の生き方、そのままに今、六十歳を生きておる。
おもろいと、思わんか?

すると日本、魅力的にするには幼児期に、いかに魅力的な幼児期を、
子供に体験させるか? が、鍵と言える。 違うか?


そう思って幼稚園を見る。 あそこから魅力的な大人、出そうも無いぞ。
ああ言う世界から出る人間の典型例、ミスター円と呼ばれた、財務省の

(旧大蔵省の)榊原英資(さかきばら,えいすけ)氏、かも知れぬ。
彼、幼稚園の超優等生。 今度、彼の写真、見たら、注意して欲しい。


あの顔、典型的幼稚園ずら。 恐らく彼、園長先生、ご自慢の、秘蔵っ子。
すなおだし、先生の言う事、よく聞くし。 成績抜群。 軽く東大。

大蔵省で国際金融局長。 言うこと無いぜ、セニョリータなんだけど。
骨相学的な観点からは、エイスケ氏、国家を変質させる、いけない相。

あれ、幼稚園の優等生ずら。 国家を委託して良い、つら、では無いぞ。


アメリカの財務長官だった、サマーズの指示に従い、外為市場を操作した。
アメリカの為に、多大なる貢献をしたご褒美に、ケイマン島の彼の口座。

日本円で35億ばか、入れてもらったそうだ。 これを知った日本の税務
署、課税しようとすると、サマーズから因縁、付けられた。


サカキバラは、わたしの忠実な部下だ! 手を出すな! だってよ。


税金で困っている方、サマーズですよ! サマーズに頼めば税務署なんて、
猫みたいに大人しく成る!


エイスケ君の人相、骨相を見る。 悪気まったく無し!
彼はただ、かっての幼稚園の園長先生と同じに見えた、アメリカの財務長官、

サマーズの言う通りに、しただけ。 日本を売ってる意識、完璧に無し。
なんで文句、言われにゃいかんのだ? 褒め(ほめ)てもらいたい位だと、
本人、思っとる筈だ。


鑑定では、竹中平蔵先生、中国の国家主席だった江沢民さんの骨相も
書きたいが、それは伊田流、鑑定術のコーナーに譲る。 要点だけを記せ
ば、お二方とも、国家の大権を持たせてはいけない顔相、なんだ。



 *     *     *


それから付け足し。 歴史の書き換えだ。 最近、日高義樹氏らの本に、榊原
エイスケ氏がまるで、日本の利益の為に、アメリカに損害を与えたみたい事、

書いてある。 アメリカに損害を与えて35億、貰える筈が無い。 サマーズ
は何の理由で、エイスケ氏に課税しようとした税務署、恫喝したんだ?


こんな具合に、中国、韓国ばかりじゃ無い。 アングロサクソン、もっと
根源的に、歴史の書き換えを行う。 思い付くままに上げて見れば。

秀吉の末期から、徳川幕府、成立の頃。 ヤソ教、禁止された。 我らの教科
書、宗教の迫害として、それを記述する。 これ歴史の書き換え。


信徒を増やしたヤソ教(キリスト教)、なびかぬ村、破壊、殺戮、住民を奴隷
として、外国へ売ったのだ。 この歴史をスッポリと抜かし、迫害だけ、克明
に書く。

遠藤周作の小説。 ヤソ教が、なぜ禁止に成ったかの経緯、スパッと切り落とし
その後の迫害だけ、書いておる。 当時、秀吉の目には、ヤソ教、宗教の顔をし

た、侵略、占領行為に見えたのだ。 事実、フランシスコザビエル、スペイン国
王に、日本を取って来ます。 言うて出とる。 この事実、何故か消されて、
純粋な宗教家、酷い迫害に会う。 に成っておる。 これ歴史の書き換え。


昔の話、まあ置いて。 戦後、アメリカが日本にした事。 日本が二度と
強国に成らぬ仕掛け、制度の中に、インストールしたの。 諸君ら、知るか?

日本国憲法、あの条文の底に、日本が絶対に強化されない仕掛け、仕組んで有
るなんて、本に書いてなかったぞ。 これアメリカ、日本国憲法の下書きした連
中が、言い出した。 何でか?


それはアメリカの戦略が変化して、日本に新しい、別のキャラクター、演じて
欲しく成ったから。 かって憲法九条を守れ! 叫んでた共産党。 我とも知

らず、アメリカに協力してた訳だ。 もっとも彼らにすれば、日本を弱いまま
にして置くのが、旧ソ連、コミルテルンの意図だったから、別にアメリカに加
担したんじゃ無い。 言うでしょうがね。


この頃の教科書、中国、韓国の主張、大幅に取り入れ、日本の教科書なんか、
中国だか、韓国の教科書だか、判らん様な代物に成っとる。 その点、アメリ

カのやり方、もっとスマート、もっと隠微に根源的に、日本を変えた。 どっ
ちも、どっち、なんだがね。 いずれにしても我ら、偉い時代に生きとるんよ。
それを自覚せんのが、日本人の、もっと凄いところ、かも?



 *     *     *



< 時岡教授の教え >


とに角、予習して来い! ご遺体も患者さんも、同じだぞ。
教科書と同じ患者さん、決して来ない。 すべて基本とずれる。 このずれが
学習すべき処だ。 ずれを学び取るのだ。

(その頃、神奈川県のある国立大学の外科で、患者を間違えた手術があった。)
患者さんの取り違えミス、責任は解剖学実習にある。 解剖学実習を手抜き
すると将来、ああ言う事件を起こすのだ。


 *     *     *


フェザーの刃物はスゴイ。 世界一や。ドイツのゾーリンゲン、潰してしもた。
でも最近、アジア製の安物が入って来て、非常に困る。 販売店、利幅の関係で

原価の安いの、売りたがる。 患者さんの口の中で、メスの刃の折れる事故、
多発しとるやないか。 事故起こったら、どこのメーカーのメス使ってたか、
調べた方が良い。


この件については、のち、詳述する。 実は、わが歯学部口腔外科の、山本
歯学部長その人が、この事故を起こしていたのだ。 その件は、後に語る。



時代の変化やなあ。 ボクのシャレ全然、受けよらん。
さっき学生に説明したろ、鼠けい部のリンパ節。 諸君らが、エエ所行って、

エエ事して、エエ物もらって来た時、腫れる所じゃ。 言うても、誰一人、
笑わん。 (諸君らは、笑えたか?)

そこへ若い学生、二人来たので。 オイッ君ら、病気、貰った事、有るんと
違うか? 歩き方、おかしいでと、冗談かまされたけど、二人の学生、
キョトンとして、何の事か、判らない様子。

エエ所と言うのが、すでに今の子、判らんからね。
読者諸君も、判らんだろう。 ワシら、団塊以上でないと、判らんかも。


 *     *     *


冗談の、判らんのについては、女の子三人の例を、挙げる。
彼女ら、剖出(ぼうしゅつ)した心臓を手に持ち、心か(しんか:心臓の下部

に在る、筋肉が渦巻き状に集まっている所)は、どんな風に出せば、
良いのですか? 聞きに来たんじゃ。


教授、シャレのめして。 君たち、心かを剖出せずして、解剖の真価は無い
んじゃぞ! と言われたのに、女の子三人、キョトンとして無反応。

ワシ、見かねて、教授は冗談を言われたのだ。 ああら先生、駄洒落なんて言
って無いで、真面目に教えてよ。 と言うのが、正解なんだと言っとるのに、
彼女ら、冗談である事さえ、判らない。


一人の女の子が、後でワシの所へ来て、一体どこが駄洒落だったんですか?
真顔で聞きに来たよ。 これを、世も末って言うんだ。


頬の脂肪、眼窩(がんか:目のくぼみ)の脂肪。 下痢なんかの時、真っ先に
消化される。 だから、目がくぼみ、頬がこける。

この時、脂肪がエネルギーに変わるにつれ、血中のケトン値が上昇する。
よって、血液検査をすれば、身体の消耗、一目で判る。 点滴の出番だ。


解剖の教科書は、画家の描いた絵で、示してある。 写真は駄目だ。写真は
立体の表現が、出ない。 それと、絵の構図だけど、百年前の教科書と、
現代の教科書、角度方向、まったく同じ。

人体解剖は十九世紀、最優秀の医学者が探求した。 新発見の続出。
未知の世界の、大冒険だった。

今じゃあ、解剖学教室に残る学生なんて、変人だよ。 たとえ残ってもだな、
研究対象は、ご遺体じゃあ無い。 生化学の方向だ。
人体解剖は、研究され尽くした世界に、なった。


 *     *     *


患者さんの、どんな訴えも、我らは拒否する事、出来ぬ。
気に喰わないと耳を塞ぐ人、医者には成れない。 広い心を持たぬ人、
医者に成っては、いけない!


時岡教授、倫理の教授より、倫理的。


 *     *     *


ボク昔、怖い先生でなあ。 男子生徒、ボクに呼ばれると、ガタガタ震えて
た。 女子学生は、泣き出した。 それが結婚して子供が出来たら、丸く
なってしもて、怒らん様になった。

実はね、八十歳で現役の先生(医者)に、言われたんよ。 君、結婚したまえ。
結婚しない人生は、半分の人生だよ。 そして子供を育てよ。 子供を育てて
初めて、一人前になれる。ってね。


この一言でボク、人間、丸う成ってしもた。


ちなみに時岡先生、大歯(大阪歯科大)を卒業した後、京大医学部大学院で
博士課程終了。 博士号も京大だったので、医者との接触が、多かった。

ボクねえ、大歯で助教授してて、明海大行ってくれ言われて、こっち来たけど、
京大の医者との会話の、無くなったのが、一番堪えた(こたえた)。 彼らと
話すのって、スリル満点なのよ。 臨床のシビアな世界だよ。

この患者をどうするか、何人もの医者が、真剣に話し合う。 あの雰囲気と別
れたんが、たまらなく寂しかった。



 *     *     *


ボク、ドイツ語とラテン語、ビッチリ勉強したから、アメリカへ行って一年間
教えた時、ラテン語、エライ役に立った。 ドイツの学会へ行った時は、

ホテルの支配人と、会話できるしな。 帰国する時、ベッドに花束、有るや
ないか! エエ気分やったなあ。 紙切れにドイツ語で、アリガト、書いて、
置いて来た。


横で聞いてた女の子たちに教授、ロマンチックな話や、思わんか!


解剖学してると、ホルマリン吸うやろ。 寿命、短縮するねん。ボクの前任の
教授二人、五十代前半やからなあ。 ボクも去年、大病したしね。かと言うて
活性炭入りのマスク、息苦しくてなあ。


この実習室、一回りして、ご遺体の御顔、見てご覧。 みなさん良い御顔、
してなはるでえ。 心に何か、満足するものが無いと、献体する気、起こらん
のやと思う。


解剖実習で学生は変わる! 何か粛然と、する。 ボクいつも、この感じを
大切にして、解剖実習、しとんのや。


アメリカの大学へ一年、教えに行ってた時や。 アパートの管理人、初老の
叔母さん、なんじゃが。 ごつう太ってるのに、足首、こんなに細いんじゃ。

大丈夫かしらん? 心配に成ったよ。 それにね、ボクが大学から帰ると、
いつも決まって、お茶なんだ。 お茶は善いよ。 問題は茶菓子だ。


こんな、ごつい、ショートケーキ。 出てくるんや。 あれ喰うと、お腹一杯。
晩御飯、入ら(はいら)せん。 あれには困ったよ。 あんなんを毎日、喰っ
とるから、あんな、無茶苦茶、太るんや。



 *     *     *


ワシらが、ライセンス取ってからだった。 時岡教授の息子さんも居る、東歯
(東京歯科大)の解剖学の教授が来られて、面白いテーマで話された。

ご遺体の下顎骨をお借りして、インプラントを打つ研究。

生きてる患者さんでは絶対に、してはいけない打ち方を、してみる。 つまり
わざと失敗してみる。 どんな場合に失敗するか? その時、どんなリカバリ

ーをするか? これからインプラントを志す先生なら、興味シンシン。
なるほどなあー。こんな解剖学も有ったのだ。 ワシ感心した。


時代遅れの解剖学。 これなら最先端に成る。
これ、臨床経験の有る、歯科医師で無いと難しい。 臨床経験が、物を言う。


歯科医師では無い、一般学部出身の先生の解剖は、自然科学の解剖。
こっちの専門性のレベルが上がると、ピントのずれ、否めない。

我ら、研究志望では無い。 臨床歯科医が目標。 国家試験に合格して、
歯科医師に成る。 そこにピントを、合わせたい。


 *     *     *


諸君ら、感じるだろう。 この書き方。 ある意味、大学時代の恩師の批判。
だけど率直に、やはり何か考えないと、臨床の歯科医師を造る道から、離れ
て行く。

今のままでも、国家試験はクリアー出来るんだから、変な改革、止めとこう
よ。 でも、行ける。 これは大学の戦略の問題だ。


 *     *     *


ワシ、卒業して五年目だ。 子供の歯を削る、歯髄のかたち、今だに判らん。
経験で判断するから、ヘマはしないが、困ったものだ。

歯の解剖学、歯の外形ばかり学習した。 歯髄とは、歯の中に有る、血管
神経の通る部屋。 子供の歯、これが大きい。 虫歯削って出血。 歯科
医師、青く成る。


これを露髄(ろずい)と言う。 血を出せば、その歯、もう駄目だ。
別に抜きはしないが、歯の中に物を詰めて、死んだ歯に成る。

先生がヘマして血を出したのか? 虫歯が深くて、元々駄目だったのか?
この辺、やな感じ、なのね。


大学が何故、歯の外形にこだわるか? と言うと、国家試験の八十回台、
歯の外形を問う問題が、沢山出たから。 ワシらの国家試験、九十八回。
歯の外形、まったく出ない。 大学、時代遅れ。

人体解剖も同じ。 大抵(たいてい)の学生、ワケの判らん内に、実習、
お仕舞い。 医学部では、時間を置いて、もう一回、解剖する。

そんな医学部も、有る。 歯学部、胸から上で良い。もう一回、解剖実習して
欲しい。 それも口腔外科の、ベテランの先生を指導者として。


歯の外形で大切なのは、子供の歯と、大人の歯を区別する事。
ワシある時、言われた。 先生、この子のE(子供の歯の、一番奥に有る歯)

の虫歯、治して下さい。 ワシ診て、ありゃりゃ?
Eでは無い。大人の歯だ! Eが抜けて、そのさらに奥に生える、第一大臼歯が、
前へ出て来たのだ。 この子、十一歳だぜ。 何に見てんだよ!


子供の歯だと思っているから、平気で削ってある。 こりゃいかん!
ワシ適当に、治すマネして、何もせず、子供を返した。 カルテのEを消して、
大人の、第一大臼歯を示す、6の数字に、しといた。 後は知らない。

学生時代なら、抜けた歯を手にして、これは下顎右側(うそく)、第二小臼歯
だ。 なんて、得意に成るのも、良いでしょう。 臨床の実際、教科書通りの歯、

一本も来ない。 病院へ来るのは、磨り減った変な歯ばかり。 マトモな歯の
人、病院へ来る必要、無い。


国家試験と臨床の実際に、もっと即した講義、して欲しい。
歯科医師でない、一般学部出身の先生は、その辺の感覚が、ずれる。

だから歯科材料の器材学のように、講義する先生、外部の会社員であれば、
臨床なんて、まったく判らん。 そこで材料学の歯科医師の先生、ここを、
こんな具合に講義してくれと、指示を出す。 これが正解なんだ。


人体解剖学、先進的な歯学部なら、やがて、インプラントの実習が、入って来
る。 指導する先生が歯科医師で、インプラントの経験が有れば、顎の骨の見
方、まったく違ってくる。 その辺を大学、考えなくては、いかん。



以上は、かなり危険な文章では、あった。



< これって、シカト? >


教養課程だった。何の授業だったか、忘れた。
先生、異常心理について、話された。 学生一人、手を挙げて質問。

そんな人が患者になって来たら、歯科医師、どうすれば良いのですか?

この質問に、先生は答えない。 棒立ちのまま、質問した学生をジイーッと
見てるだけ。 恐ろしく長い時間が立った。 先生、ふっと身を動かすと、

何事も無かったように、学生の質問を無視して、それまでの講義、始められ
た。 ワシらもフウーッと、長いため息を尽いた。


講義が終わった時、ワシその学生を捕まえた。 おいっ! あの質問、良かっ
たなあ、答え、ワシも聞きたかったよ。 

学生、笑って首をすくめた。 先生のは、学問としての心理学。
歯科医師は、その異常心理の人間と、実戦する。


 *     *     *


次は実習中だ。 女の先生。

ここは将来、皆さん方が矯正歯科を学ぶ時、非常に大切な
処ですから、よおっく学ばないと、いけません。 一人の学生、質問した。

先生、どこを、どんな風に、よおーく、学べば良いのですか?


先生、答えない。 立ち尽くすだけ。 長い長い長い沈黙のあと。
それは、専門課程に行って、聞きなさい。 言い終わると向こうへ行って
それっきり。 学生、となりの学生と目を会わせ、デヘヘヘッ!

この件には続きが有る。 別の質問で、この学生、その先生の所へ行ったのだ。
先生、石の地蔵さん。 学生、質問しても答えない。 学生、帰って来た。


先生、仕返しでも、してる積りかな?

学生と目が会ったんでワシ、言った。 遊んで、貰えなかったの? 学生、
頭掻いて、照れ笑い。  この先生その後、なぜか、大学を去られた。


< 大人の女性の、それも二十歳代の、虫歯 >


歯科医師の所なんか、行かなくて済む人生が、あらま欲しき、でしょうが、
歯の質の悪い(歯の結晶性の悪い)方、いかんとも、し難い。
歯医者の門を、潜る(くぐる)しか、手が無い。

これまで、二十歳代後半、女性の虫歯。 ワシ、何人か診て来たけど、
決まって、精神的背景が有る。 生活? 仕事? 友人? 彼氏? 結婚?


この年頃、もろもろの悩み、抱え易い。 そして、心に悩みが有る時、甘い
キャラメル、口に有ると、気持ちがなごむので、四六時中、口の中、お砂糖。

だけどこれ、虫歯のリスク、大きいよ。 歯の質の悪い方、虫歯に成る。
心の悩み、虫歯のリスク。 口の中、甘いもの無いと不安に成る方。

虫歯のリスクが高い。 こんな患者さん、治療しても、治した処から
虫歯が出る。 心の在り方、変えないと、虫歯、治した処から、また虫歯。


ワシ、こんな患者さん、どうするか? 気持ちの問題、後回し、まず、
虫歯の原因菌(名前はどうでも良い)、減らす作業を、する。



 * 本 *  歯科 本音の治療が判る本  熊谷、秋元、共著 法研



歯の教科書的な本は、と聞かれた時、ワシ今のところ、これを薦める。

この本の中、まず歯を磨く。(諸君らの磨くでは無い。プロ的に磨くだ)
次に薬品で、歯の表面に住む、虫歯の原因菌を(特異的に)殺滅する。

これを何回かすると、虫歯の原因菌が減るから、甘いものを食べても、虫歯に
成る確率、低く成るんだが、だからと言って、油断してはいかん。


かくの如く、虫歯のリスクを減らしてから、治療する。 この過程で、初めて
口の中、年中甘いものが有っちゃあ、そりゃあ虫歯に成りますよ。 てな感じ

で、気持ちの問題に、踏み込むんだが、用心せんと、悩みを聞く羽目になって
えらい目に、会う。


子供の虫歯。 上記の本のやり方で、98%、防げる。
歯科医の所へ、月に二回も子供を通わせ、それで虫歯になる子、二つの側面で
見て行く。 子供の問題と、歯科医師の問題。


子供の歯の質が、良くない。 これ遺伝的体質。 甘いもの、年中、口の中に
有るような子。 虫歯だらけに成る。

心の問題が有ったりすると、口の中、悲惨。 過保護も、心の問題だぜ。
虫歯、その人の心と体質。 生活の全ての条件の、反映。 



 *     *     *


歯科医師の側の問題。

磨き方指導だけでは、60%の子供しか、救えない。 シーラントしても
80%が限界。 20%の子供、虫歯を発生する。

子供の口を覘く。 金属を見ると、悲しくなる。 歯科医師、歯の表面の
虫歯の原因菌。 減らす操作、是非、加えて欲しい。 それをしない先生、
勉強不足よ。


ただしです。 料金、幾らにすれば良いか?  自費だかんね。
歯科の本、治療の値段、書いて無いんよね。


< いじわる爺さん、にくまれ口を、たたく >


時岡先生と解剖してると、女の子が遊びに来る。
楽しいおしゃべり、ものすごく楽しい。 は、良いんだけど彼女ら、
実習のマスク、してんのね。 マスクした彼女、

シエラザードみたい、ステキな子! ドキドキしちゃう。
実習終わるだろ。 廊下で素顔の彼女らに、お先に失礼します! 言われて
も、今の子、だあれ? マスク無いと別人。 判らんのだ。


時岡先生と、嘆息(たんそく)して、言ったね。 女の子、ずっとマスク、
してて欲しかった。 素顔、見たく無い。 夢やぶれ。 にくまれ口。


 *     *     *


解剖実習、最後の日だった。 課題の終らん組が有る。 早くしろ!
やっと持ってきた女の子二人。 教授、おう! 君ら、しんがりやな!

女の子、キョトン。 しんがりって、何あに?


君ら、しんがりを知らんのか? しんがり言うたら、でんぐん(殿軍)
と書いて、退却する軍勢の一番最後の部隊を、言うんじゃよ。

わたしら、そんな軍事用語なんて、知らないわ!

何いっ! しんがり(殿軍)も知らないっ?
こんな言葉も知らない様では、君らのオツム、空っぽか?


いけない。 またイヤミ、にくまれ口!


 *     *     *


次の段でも、時岡教授の教えを、書く。
なにしろノート二冊分、有る。 これだけで本になる。
良いとこだけ拾って、書いてみる。 


時岡先生、今、何をなさって、居られるかな?
草葉の陰から、この本、読まれてるかな?
ご冥福を祈る。



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