* 裏本 五十歳、歯学部へ行く。( 体験記・医療系 ) * * *   < kujila-books ホームへ帰る >

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 人生に免疫力無き方、読む事なりまッせん

第 3 章 * 5 / 12
明海大歯学部・問題教授列伝
< 宮田隆教授と申基赴ウ授 >



申基赴ウ授を何と読むか?
申はシンである。基浮大学では、
キキツ、なんぞと読みて
それで通じた。

基浮フ正しい読みは、キチョルか?
今度ご本人に教えて頂く。
よって今回は取りも敢えずに、
シン・キチョル教授で行く。

この申基普iシン・キチョル)教授は、
日本どころか世界を代表する、
歯周外科の名手である。

だからワシは、こんな具合に、
自分より腕の良い者を連れて来た
宮田隆教授に拍手したいのである。

宮田隆教授、ちょい気が早過ぎた。
もうちょい大局観でも有ればと、
悔やまれるのだ。


*     *     *




< 先の読めなかった宮田隆教授 >



現在の明海大歯学部に、宮田隆教授は居ない。 ありていに言うて、
大学を出されたのである。 追放されたのだ。

宮田隆教授、お名前から判る如く、本学創立の宮田慶三郎初代理事長
の一族である。



宮田先生は日本大学歯学部を卒業された。 本学へ来られてわずか
三十余歳にて教授。 四十歳には病院長。

創業者一族の人間なれば当然とは言え、異例の超特急出世だ。 ここ
に先生の危殆が有った。



ワシが卒後入局した歯内療法学の、故西川博文教授が宮田教授を評し
て、こう言うた。

あの先生(宮田隆教授)はな、急ぎ過ぎなんよ。 歯周病学会でも、
早く早くとやたらに出世したがった。



だから結局、学会を飛び出してしまい、自分で新学会を立ち上げて
そこの偉いさんに成った。

馬力は認めるが、何にしても急ぎ過ぎ。 もうそんな時代じゃない
からね。



十年早やけりゃ、また別の見方も出来たろうけど、時代は変化した。
その辺が判って無い。

この先あの先生、どうする気か判らんが、もうちょい、ジックリ構え
て欲しかったね。

急いては事を仕損ずるだよ。



   *       *       *



宮田隆教授が大学から去られた後、学内では次の如き理由が流布した。
そのうわさにいわく、

宮田先生、ご自分の自動車のガソリン代、大学の経費に、してた
らしい。



かくして使い込んだ金額は、うわさに依れば、200万から300万
だそうだ。

それを咎められて、宮田隆教授は罷免されたのだと、最初、ワシは
聞いた。 ところが一年後、金額が増えた。



宮田教授は、自分の創った歯周学会の公金、2千万を使い込んだと
成り、さらにその一年後には、

使い込んだ金額が、2億から3億に跳ね上がった。



ワシ、山本美郎歯学部長に言うたのだ。 宮田隆教授の退任ですが、
色んなデマが飛び交うとります。

でもワシは、宮田隆教授が先生に、次はボクが歯学部長するから、
先生は、今期一回で止めて呉れなんて、

言うたのと違いますかと。



山本美郎歯学部長、アハハッと笑われたのち怖い顔なされ、その問題
には触れるなのシグナルを投げて来た。

よってこの件についてのモッサンとの会話は、それでお仕舞い。



   *       *       *



今と成っては手遅れなれど、モッサンこと山本美郎歯学部長は、その
2年後に胃癌の再発にて死去なのだ。

これが判っとれば、宮田隆教授。 何を慌てる必要が有る。 むしろ
山本歯学部長に、先生は歯学部長に最適の方だから、



ズ〜ッ とこのまま歯学部長を続けられて、我が明海大歯学部を変革
して頂きたい。

微力ながら私も協力させて頂くなどと、ゴマなど摺りて、山本美郎
歯学部長の最大の協力者の位置にでも付けとれば、



山本先生はやがて死ぬのだ。 そうすりゃ次は、誰が何と言おうと、
宮田隆教授の歯学部長昇格が必至でしょうに。

それを我慢出来ず、山本先生を捕まえて、僕が歯学部長するから、
センセは今期で止めて呉れなんて言うから、

追い出されたのだ。



   *       *       *



聞く所に拠ればだが、宮田隆教授の目途(もくと)は歯学部長など
で無く、さらにその上の学長でも無く、

さらにその上の、理事長だと言う噂も有った。 本学、宮田一族の
現金資産は、200億とも400億とも聞く。



その資産の運営管理まで、宮田隆教授は、したかったのではないかと
某先生は言うのだが、

有り得る想像だ。 本当に宮田隆教授は急ぎ過ぎだ。 戦略が有れ
ば取れる椅子を、急ぎ過ぎて取り逃がしたと、

ワシには見えて仕方ない。



もはや如何に悔やむとも、宮田隆教授の運は無い。 残念、残念、
残念残念残念残念残念残念だなああ。

ホントに残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念
残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念だよ。



   *       *       *



これにて一番得したのは、言うまでも無く安井利一先生だ。 もし
宮田隆教授に、竹中半兵衛か黒田如水レベルの軍師でも付いとれば、

今頃の明海大歯学部は、宮田隆教授の天下だったろ。 それこそ
理事長のイクさん(宮田侑先生)も、

宮田隆教授の鼻息に、恐れ戦(おのの)いてたと思う。



   *       *       *



宮田隆教授よ、急(せ)いては事を仕損ずるの語を、玩味すべき
であらう。

宮田教授が学外へ出されて、幸運の女神が微笑んだのは誰か?
もちろん安井利一教授、その人だ。



宮田隆教授が大学に居れば、安井利一教授の出世など、有り得る筈が
無い。 安井教授は宮田隆教授の使い走りだったろ。

かくて安井利一教授の頭上に有った巨大な隕石は、取り除かれたので
あある。 大幸運が安井利一教授を襲ったのである。



その後の安井先生の出世は見ての通りだ。 上げ潮に押し上げられた
サーファーの如く。

歯学部長から学長へ、位人臣を極められた。



横目に見とったワシ、宮田隆教授にアドバイスして上げたかった。
誠に誠に、急(せい)ては事を仕損じます。

各々方(おのおのがた)、身に当てて教訓なされまし。 ここでの
キーポイントは、モッサンの死だ。



あと二年待てば、モッサンは死んだのである。 そこを待てなかった
宮田隆教授である。

ホントにホントに残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残
念残念残念残念残念残念残念残念残念残念残念だなああ〜あ〜。



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< 宮田隆教授の良い点 >



宮田隆教授は、なかなかにユニークな行動様式の方だった。 坂戸市
の明海大歯学部の付属病院を、ご覧頂きたい。

二階、歯周病科診療室の明るさと美くしさ。 同じ二階に在る、
ワシも所属しとった、歯内療法科と比べて呉れい。



歯内診療科の汚(きたな)さ、チェアーの古さ。 恥ずかしくて
恥ずかしくて、お話に成らぬ。

歯周病科は、宮田隆教授以来、先端医療に挑戦し、インプラントなぞ
は、口腔外科と張り合う関係に有る。



利益率の高い事たるや、付属病院一を争う。 歯周病科のチェアーは、
その御褒美なのだ。

最新式だろ。 対する歯内療法科の利益率は最低で。 大きな声では
言えぬが、作業の折にはゴムカバーを使用する。



一回使った奴を消毒して、それをまたまた使っとるのだ。 衛生士の
姉ちゃんに、その理由(わけ)聞いたら、

ウチは貧乏所帯なんで、節約して呉れと病院事務から
言われたそうな。



講師の先生(たとえば小林健二先生)みたい、一日の売り上げが、
一万円に届かない、なんて方も御座って、

その日その日の食費にも事欠く、貧乏所帯、丸出し、なんで
ああります。

涙なしには語れない診療室なのです。



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宮田隆教授の良い所とは、歯周病学講座のスタッフの先生を見れば、
一目瞭然だ。

申基赴ウ授(当時、准教授)は、宮田隆教授が本学へ乗り込んで
来る際に、連れて来た先生なれど、



臨床の腕は、宮田隆教授より上だ。 申基赴ウ授は、今や歯周外科
では、日本を代表する名手である。

こんな自分を越えるよな技量の人を、極く普通に連れて来れるのが、
宮田隆教授の真骨頂だ。



だから宮田隆教授の創った歯周病講座は、多士済々。 梁山泊めいた
人材の山である。

面白(おもろい)先生、ゴロゴロの状態だ。



   *       *       *



宮田隆教授の、この辺の気分をこそ、ワシは惜しむのだ。 宮田隆
教授の度量と言うか、

自分より優れた先生を、傘下に集めて嬉しがる心こそ、ワシは惜しむ
のである。



本当に残念な事した。 宮田隆教授には、出世欲と支配欲とを少々
削除して頂いて、大学に今も居て呉れたらと思う。

しかしその、出世欲と支配欲の削除ってえ奴が難物でナ。 それが
つまり、宮田隆教授の学外へ追放の運命を、

(自分の手で)作ったのさ。



宮田隆教授の骨相を拝見すると、やっぱ、いささか、せせこまし相を
否定できぬ。

残念ではある。



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申基赴ウ授、お名前から判る通り、在日韓国人である。 だけども
傍に居て拝見してると、

古き良き日本人の気分を、感じたりする。 空手・極真館の大山倍達
先生も在日だが、これまた日本人の失った古武士の気配を

大に残す方だった。 ちなみに倍達は朝鮮の古名である。



台湾の総督だった、李登輝氏にも言える。 李登輝氏の日本的気分
たるや、正(まさ)に古武士、そのものである。

ワシは申基赴ウ授の人事を拝見して、その意を得た気分が大いに
したものだ。



申基赴ウ授、まさか自分が教授に成れるとは、夢にも現(うつつ)
にも思わなかっただろ。 まさに晴天の霹靂だ。

大学創立者の宮田一族である宮田隆教授が、まさか学外へ放逐される
など、思いも寄らなかっただろ。



   *       *      *



あれは宮田隆教授が学外へ出された直後だった。 ワシ、廊下にて
モッサンに会ったのだ。

モッサン、ワシに言うていわく。 次は申(シン)センセで行くと。



さらに一ヵ月後だった。 大学歯学部は、申基武謳カの教授昇格を
発表した。

何度も言うように、申基赴ウ授は今や、日本を代表する歯周外科の
名手だ。 世界的な名手である。



申基赴ウ授は、指導医としても優れておられる。 申教授の指導にて
インプラント医に成れた先生は何名か?

それらの先生は感謝しとるか? ワシ、敢えて言うが、その先生方は
自分ばかりインプラントで儲けて、その技術を

次に伝授せんのが多いぞ。



これは師の恩を、仇(あだ)で返す、悪しき行為ではある。 大学に
て教授としてインプラント医を採用する場合は、

その先生は、これまでに何名のインプラント医を排出したかを、必ず
必ず、吟味すべきである。



   *       *       *



終わりに私事を書かねばならぬ。 ワシらが臨床実習で、申基赴ウ授
の歯周病科へ行った折である。

ワシに配当された先生は男性で、24期である。 実に失礼な扱いを
受けた。



大学は教育機関である。 大学に残る者はすなわち、教育者である。
その教育に相応(ふさわし)からぬ先生は、

教育機関たる大学を去るべきである。



24期のその先生は、かってワシに、助手に採用されて、大学の
職員に成りたき希望を語られた。

申基赴ウ授はその後、何名かの新教員を採用なされたが、24期の
その先生は、置いてきぼりだ。 当然である。

教育者として有るまじき態度の先生は、学外へ去れ。



もし申基赴ウ授にして、その24期の先生の採用が有れば、ワシは、
抗議する所存だ。

思い返すと、臨床実習中、ワシは三度、侮辱された。 それをこれ
より、いちいち書いて行く。



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以下はワシの独断と偏見の、教授通信簿である。 評価は、
優秀・優良・優・良上・良 の五段階である。


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○ 学生への講義のレベル ○


○ 宮田隆教授  ・ 優秀
○ 申基赴ウ授  ・ 優良(臨床ほどでは無い)


○ 弟子育成能力 ○


○ 宮田隆教授  ・ 優秀(惜しいほどの育成力でした)
○ 申基赴ウ授  ・ 優秀(なかなかのものである)


○ 臨床技能的能力 ○


○ 宮田隆教授  ・ (見たこと無いので評価出来ず)
○ 申基赴ウ授  ・ (超)優秀


○ 研究者としてのレベル ○


○ 宮田隆教授 ・ 不明(やたら本を出されとる)
○ 申基赴ウ授 ・ 不明(つまびらかとせず。大した事なしか)



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< 寸評 >


宮田隆先生は、ペンネームを持つ作家でもある。 ワシ、臨床実習
にて、宮田先生の書かれた雑誌のコラム見て、

ここへ来ました言う患者に数回会った。 こんな具合に宮田隆先生は、
文筆でもなかなかの才能である。



覆水は盆に帰らずと申す。 宮田隆先生、大学は残念でしたが、
開業歯科医として盛大と聞く。

学会やら何やら、やたらと忙しいのが先生の生き方だ。



誰が何を言おうと、宮田隆先生は、ご自身の道を行かれる方なので、
ワシが、とやこう言う筋合い、まったく無しである。









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